12話 どうせあの子は言わないどころか嵌めている
天高くそびえるが如く巨大な門の前で、明人は空を仰いだ。
古き良き堅牢そうな石造りの壁。遠方から拝見した限りでは、それがぐるりと街を囲っている。
これこそが今この大陸で世界規模の戦争が行われているという証拠だろう。その上、先に相対した魔物と呼ばれる怪物が外を徘徊しているのであればなおのこと。断じて仰々しいなどとは思わない。
明人は圧倒的な文化の違いに心躍らせ、ルスラウス大陸の事情を汲み取っていく。
「街に入れてもらえますか?」
「ハッ! ただちにッ!」
門横に置物のように立っていた銀のアーマープレートに身を包んだ男たちが、リリティアを見るなりすばやく姿勢を正す。明人は遠巻きにその様子を眺めた。
これほどの防壁があるにも関わらず入門は容易いらしい。諜報などの危険性を考慮すればあまりに脆弱すぎる体制ともいえる。
ともすれば、顔パスができるほどにリリティアが特別だということだろう。
「…………」
考えてみれば明人はリリティアのことをなにも知らないのだ。
腕の立つ剣の使い手だということを知ったのも先の襲撃ではじめてわかったこと。歳は種族は、なぜ自分を拾ったのか。一体なぜユエラと2人で森で暮らしているのか。彼女はなにも語らないし語ろうともしない。ただ、女性であるということだけは確実だろう。たとえ胸の起伏がおろそかでも。
「ふふっ。あきとさーん」
リリティアはこちらの視線に気づいたのか頬をゆるめて控えめに手を振ってくる。
明人もそれに応じて手を振り返す。
たとえそれらを聞いたとして、きっと彼女ははぐらかす。
明人は手元の本に視線を落とすと、黒で塗りつぶされた下位の項目を開いて、そう予想した。自身で学べ、もしくは知るなということか。
「開門ッ! かいもおおおんッ!」
号令とともに慌ただしく動き回る門番たち。重厚な扉が低い唸り声を上げるようにしてゆっくりと口を開いていく。
明人は本を閉じて腰の小物入れに差し込むと、その様子をまじまじと見学する。
「ふふっ、ここには常駐している数十人の専門の方たちを使って門を開閉しているんです」
物珍しげに見ていたのが可笑しかったのか、リリティアはくすくすと笑いながらこちらに戻ってくる。
「さいですか」
「さいですよ。では、参りましょうか」
差し出されたリリティアの細くて白い手を握って門をくぐれば、網膜に飛び込んでくる衝撃の光景。
明人は興奮で肌を泡立て、改めてこの世界が地球とは異なる世界なのだと再認識する。
「おお……お? おおおおおっ!」
平たい加工された石を等間隔に敷き詰めた石畳が一本の道を成してどこまでもつづいており、その左右には綺麗手入れされた色とりどりの花が植えられた花壇が幅広の直線を鮮やかに彩る。
そしてなにより明人が驚いたのは街の賑わいだった。道を挟むように立てられた店店店。植物食べ物道具に武器になんでもござれと言わんばかりの品揃えの豊かさ。
「ここは上位の聖都です。名はエーデレフェウスと言い2つの王権によって均衡を保つ……素晴らしいところです!」
リリティアの説明を話半分に聞き流し、明人は田舎者らしく爛々と目を輝かせて辺りをきょろきょろと見回した。
「この道はメインストリートで、ずーっと奥に見える大きな建物が王宮です。そして上位の特徴は、まあ見ればわかりますね」
行き交う上位たちはことごとく端正な顔立ちの美男と華やかに着飾った美女。薄白い明るみのある銀の髪も上位の特徴なのだろう。
物流も整備も人々もすべてが完璧に整っている。この地こそ理想郷と呼ぶに相応しい場所と言っても過言ではなかった。
「さて、では王宮にむかいます」
「りょうかいっ! ……いまなんて?」
リリティアに手を引かれて踏み出した足が石畳に貼り付いたかの如く凍りつく。
ここ、エーデレフェウスにきたのはユエラのためにチョコレートクッキーを作るための材料を揃えにきたと明人は覚えている。それなのになぜ王宮に出向く必要があるのか。
「あら、言ってませんでした? 上位領内にある私の家に明人さんが住むことを王に伝えるんですよ?」
そう言って、リリティアは繋いでいないほうのの手を腰に当ててふんすと薄い胸を張った。
「言ってな――あれ? ちょっとまって…………うんっ! 絶対に言われてない!」
明人は、しばしの思案で理解した。
彼女は始めから自分を嵌めるつもりだったのだと。
外は魔物の徘徊する危険な場所で、エーデレフェウスは見知らぬ土地。そうなればリリティアについていく以外の選択肢は掻き消える。もし置いて行かれでもしたら野垂れ死ぬだろう。
せめてもの抵抗として彼女の手に全体重を預けるも、リリティアはなにくわぬ顔で明人をずるずると引きずっていく。
この華奢な体のどこからそれほどの力が湧いてくるのだろうと、明人は唯一信じていたリリティア女説をほんの僅かに曇らせる。
「あ、あなたは……ももも、もしやッ! け、けけ、けけけ剣聖様ではございませんかッ!」