1話 ともかく世界は平和でした ※イメージイラスト有り
仲田静様より描いていただきました
※2022年 2月6日※
文章の修正作業を1話から順に行っております
現在7章2節あたりまで修正済み
※2022年 2月17日
現在9章羅節 214話まで修正済み
※2022年 2月25日
現在9章羅節 248話まで修正済み
【修正完了・新作の執筆開始】
いつもと変わらぬ気だるい朝。窓を透かして見れば青々と葉をたくわえた木々の奥から日が半分ほど顔を出している。
尾のように大きく結った三つ編みを軽快な腰の動きにあわせてゆらゆらと揺らした。
「~♪」
即席の旋律を口ずさみ、手にもった刃物でまな板に置かれた食材を爽快に刻めば気分は上々。
「昨日とれたオーガは肉肉しくてなかなかの手応えでしたぁ♪」
手練にとってはその程度の相手は植物と同義。
斬るも毟るも手間は変わらない。
「オーガは油臭くて調理が難しい、なんて。どんなゲテモノでも料理の仕方によっては化けちゃうんですから」
そして彼女は自身に並外れた調理技術があることを確信している。
ぐつぐつと気泡のはじける鍋の中にためらいなく細く白い指を浸し、ひと舐め。
我ながら上手いものだと感心しつつ、凛々しい表情を崩して満面の笑みを作った。
「さあさ。あとは腹ペコさんが帰ってくるのを待つだけですっ」
幾度となく繰り返してきた退屈な朝だった。
彼女にとって剣は生きるための手段であり、唯一の娯楽でもあった。ゆえに永遠を錯覚するほどの時を費やすことで剣を極めた。世界から伝説の称号を賜るほどに。
次は美味しい料理を食べることが唯一の娯楽となった。
長いときを生きるなかで見つけた、ただの暇つぶし。しかし時間を掛ければそれもおのずと極まってしまうもの。
ゆえにリリティアは日常という言葉に飽いていた。
「そろそろですかねぇ?」
ぺろり、と指舐め、つまみ食いをしながら窓の外をひょっこり覗く。
ほのかに乳の匂いが香るシチューを深皿によそう。香草とともに炒めた肉を大皿に移し替える。スープとパンも忘れずに。もちろん健康のために野菜も欠かさない。
それらすべてが乗った巨大な盆を「よしょっと」リリティアは片手で軽々と持ち上げた。
純白のクロスが敷かれたテーブルにそっと降ろせばテーブルの足がミシリと不満げに唸る。
「作りすぎ……ですかね?」
パーティー会場の如く豪勢な朝食兼昼食にむかってリリティアは形の整った顎に手を添え眉をよせて、苦笑い。
つい興が乗ってしまった。やはり食べるだけではなく、誰かに食べて貰えるとわかっていればやる気の度合いが違う。
継ぎ接ぎだらけの大切なエプロンを大事に畳んで背もたれに引っ掛ければ、タイミングよく外に繋がる扉がゆっくりと開く。
「ハァ……」
入ってくるなり重いため息だった
つむじを見せるようにしてがっくりとうなだれた少女はもう1度小さくため息をつく。
それに同調するように長耳もしゅんと下をむく。
「おかえりなさい、ユエラ。まだダメだったんですか?」
「うん……。薬だけ受けとってお金をポイってされた」
ユエラは仕切り直すようにもう一度がっくりと肩を落とす。
エルフ特有の緑色の髪も重力に従ってさらさらと流れ落ちた。
手には前日に調合した薬の詰まった箱ではなく、ぱんぱんに膨らんだ袋がじゃらじゃらと音をたてている。
「私、お金のためにやってるわけじゃないのに……ハァ」
そう、吐息混じりに悔しさを発散させた。
それからユエラは、リリティアへ革袋を無理くり押しつける。
ずっしりと思い革袋の口を開くと、大量のラウス金貨がギュウギュウに詰められていた。
「……これまた多いですねぇ。貯めるより使う方法を模索しないといけないとは贅沢さんですよ、もう……」
リリティアとてこんな俗物的なものを必要としていないのだ。
必要ないのだが、受け取らねばユエラが怒るのでしょうがないから受けとるしかない。
家賃と称して対価を渡されることは、彼女を我が子のように育ててきた身として複雑だった。
「やっぱり私じゃダメなのかなぁ……」
「そんなこと言ってふてくされるほうがダメです。こうしてお給金をいただけるということは少しずつ認められていってる証拠です」
「だといいんだけど……」
リリティアが励ましてやるも、長耳はしょんぼりしょげたままだった。
ユエラは不幸にも下位とエルフの間に生まれたハーフエルフである。
他種族間で子を成すことは非常に難しく、そのうえ母となるエルフにとって望まれぬ子供だったとするならば、生まれてきた子供に罪はない。
しかし罪はなくとも同族にとっては忌み子として扱われてしまう。
相手が下位でなければエルフたちももっと寛容だったのかもしれない。リリティアが彼女を励ますように優しく撫でてやれば、長耳がピクリと動き、ユエラは猫のように目を細める。
今このルスラウス大陸では種族間の領土を巡る戦争が激化しており、傷を負う者が後を絶たない。
そこに目をつけたユエラは、エルフが得意とする自然系の魔法をオリジナルに改良して一族に貢献しようと考えた。
エルフとはもともと自然にあふれる精霊たちと深く関わりあうことを得意とする種族、そして下位は上級魔法を扱えない代わりにどの種族よりも知能、つまりひらめきが高い。その両方の血を受け継いだユエラが寝る間も惜しんで研究に研究を重ねた結果、自然魔法というまったく新しい魔法を生み出すことに成功した。これは怪我や病気を治すために使用される薬草の効力を捻じ曲げる。または激的に向上させるという薬学がひっくり返ってしまうほど発明。そしてハーフである彼女だけが発動させることのできるオリジナルの魔法。
ユエラは喜々として同族にふれ回った。そして当然の如くエルフ族はその力を欲した。
そう、必要とされているのはユエラではない。
ユエラが額に汗して精製した強力な薬草である魔草のみが求められていた。
そんなのあんまりではないか、とリリティアは心に黒い感情が芽生えたことにハッとして雑念をかき消すようにゆるく首を振った。
「どしたの? リリティア?」
「なんでもありませんよ。さあさあ、料理が冷めてしまいます。今日は庭で採れたオーガのフルコースですよ」
「んげっ! また庭にでたの!? この家、立地が悪すぎるわ!」
当の本人が望んで魔草をエルフに供給しているのだから自分の出る幕はないだろう。リリティアは気持ちを切り替えてユエラを椅子に座るよう、その細っこい背を押してやる。
きっと魔草に感謝しているエルフは少なくない。なにかきっかけとなる出来事があればもしくは。
「よいっしょっと。あー、お腹空い……作りすぎじゃない? コレ」
短いスカートが皺にならぬよう上品にイスに腰を降ろしたユエラは、料理を指差して呆れ顔を貼りつけた。
「あははー。やっぱりちょっと作り過ぎちゃいましたかもですね――ッ!?」
ゾクリ。背に水をたらされたような寒気が襲ってくる。
ざわざわと波紋のように胸騒ぎが広がった。
虫の知らせや感の不確定なたぐいのものではないと、リリティアの長年かけて培われた経験が警笛を鳴らした。
なにかがくる。
きている。
きた。
曖昧な情報が脳内を駆け巡った。
その現況には大量の粘りつくような悪意が渦巻いていることだけはわかった。
ならば禄なものではない。
「ユエラ気をつけてッ!」
リリティアは急ぎスカートと翻して壁に立てかけてある愛剣のもとへすばやく駆け寄った。
その刹那ほど寸前に家屋を押すが如き衝撃が遅いくる。
「――クゥッ!?」
「キャッ!? な、なによこの振動!? 地震!?」
大地を割るが如く巻き起こる振動の大波。家全体が軋むように悲鳴を上げ、窓がガタガタと音をたてて戸棚の食器が崩れ落ちる。
そして振動は尾を引くこともなくピタリと止まった。
「地震……ではないみたいです。自然現象ではないもっと故意的な事案ですね」
リリティアの脳裏で、第三者による災害の可能性が色濃くなっていく。
バランスを崩して椅子ごと床に倒れ伏したユエラは、怯えるように身を縮めて頭部を守っている。
「故意的って……魔法かなにかだってこと?」
「……。そうとは限らないですがあれほどの衝撃を物理的に作りだせるとは思い難いです」
友が無事であることを横目で確認したリリティアは急ぎ鞘から剣を抜くと第二波に備え、構え、周囲に目配せをしつつ状況を整理する。投石機が周囲に着弾したとして、衝撃の規模は直撃のそれ。
今まで経験したことのない事態にリリティアの頬に一筋の汗が流れた。
背をするように壁に寄せ、慎重に窓から外を見やれば森の奥からもうもうと上がる煙。火薬によるものかと考えたが、煙の色は白でもなく黒でもない。例えるのなら土の色と類似していた。
白い胞子が立ち昇った煙に交じって雪のように舞っている胞子が確認できる。なるほど、あれは塵埃。
――あそこに巨大ななにかが落ちたかと見るべきですね。
ユエラが横からひょっこりとあらわれ同じ窓を覗き込む。
「いったいわねぇもう! それにあっちの方角ってサラサララの群生地じゃない?」
とにかくふたりに負傷はなかった。
そしてリリティアはホッと薄い胸を撫で下ろす。
「しかしまだ油断はできないですよ」
先ほど感じた謎の気配は消えたが、感じたという悪意の煮凝りは真実。
出向くか、それともとどまるか。興味津々といった表情で窓を覗きこむユエラをちらりと視界にとらえ、リリティアは一考する。
連れていくにしても彼女はまだ若く、難敵との戦闘となれば自衛は難しい。だが、おいていくにしてもこの家が安全な保証もどこにもない。
リリティアは悩んだ末に反射的に投げ捨てた剣鞘を拾いなおし、剣をなかに叩き込む。ユエラから目を離すことも、この異常を見過ごすことも、両方できぬのならば答えはひとつ。
「ユエラ、私についてきてください」
「え? 私も一緒にいっていいの? 留守番してたほうが良くない?」
小首をかしげるユエラに対しリリティアはただひとこと。
「現場判断です」
その言葉にユエラは意外そうにその色の異なる目を瞬かせた。
宝物は手元に置いておくに限る。それがリリティアの出した答え。
「貴方は必ず私が守り抜いてみせます」
※追記
物語を描く練習作のつもりで書き始めました
書き手の試行錯誤を繰り返し様が顕著に現れます
4~5章周辺から書き方が安定します
駄文でありながら読んでいただき本当にありがとうございます