表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/57

第二章 その4 アンジェリカ

(九十……いや、九十二キロくらいか)

 タンッ、タタタンッ、と小気味よく響くキー音を立てている少女をじっと見つめながら、キイチは車輪がたてる音に耳をすます。音の間隔から割り出した速度は、在来線なら速度超過の領域に達しつつある。だが、この車両の走行は安定していて、駅に進入するときやポイントを通過するとき以外は振動も少ない。

 これも箱庭都市の新技術なのだろう。

 だが、それでも設計以上の速度になれば脱線は免れない。

「おい」

 不意に少女の前に中年の男が立った。

「この電車、地獄行きとか言ったよな。駅飛ばしまくってるし、ハッキングされたのは間違いねえ」

「……」

 少女は男の意図を図りかねているのか、無言のまま顔を見上げる。

「お前がそのパソコン開いた途端におかしなことが起こりだした」

「いえ、私は」

「俺ぁ見てたぜ。あんた、さっきからパソコン叩いてなんかやってるよな? 見せてみろよ、そのパソコン!」

「違います、私は」

「いいから、よこせっ」

 男は突然、少女のノートPCに手を伸ばした。

「痛っ」

 弾みで少女の額にPCの角が強打し、眼鏡が飛んだ。

「何してんだ!」

 思わずキイチが割って入る。

「大丈夫か? 怪我人になにしてんだよ!」

「な、なんだ、そいつをかばうのか? 誰のせいでこんなことになってんだよ」

 男は一瞬ひるんだものの、開き直ったように言った。

「バカ言ってんなよ! そのPCのラベルを見てみろよ!」

「はァ?」

 男は不審げに奪い取ったPCの天板を見る。

 キイチは男にかまわず、眼鏡を拾い、額を押さえてうつむく少女に近寄った。包帯は血でにじみ、キャスケット帽からこぼれた一房の髪が額に垂れていた。

 それは銀髪だった。脱色や染色ではない、艶やかで透き通るような光り輝く銀色だった。地味な外見にはあまりにもそぐわない。

(やはり外国人……?)

「大丈夫です。すいません」

 少女は青ざめた顔で笑ってみせる。

 キイチは少女の傷口をハンカチで圧迫しながら男に言った。

「そこにシールが貼ってあるだろ。この人は統括理事会サイバーセキュリティ特務課の人だ。俺たちを助けようとしてんだよ」

「そんなシールいくらでも偽造できるだろうが」

「おっしゃるとおり、サイバーセキュリティ特務課の者です。お騒がせして申し訳ございません」

 少女はスマートフォンを取り出すと、男に身分証明書アプリの画面を見せた。


 K市先端技術実証実験特区 統括理事会サイバーセキュリティ特務課

 アンジェリカ・ユーリィエヴナ・カスタルスカヤ


「……じゃあ早くなんとかしろよ!」

 男は周囲の様子を見回すと、乱暴にノートPCを突き返した。アンジェリカは「ご協力感謝いたします」と頭を下げて受け取った。

「ちょっとお、どうなってんのよ」

 騒ぎを聞きつけたおばさんがやってくる。

「さっきから駅飛ばして、どうなってんのよ。あんたが修理してるの? あたし、十二時からの特売のためにわざわざ電車に乗ったのに、間に合わなかったらどうしてくれるのよ」

「申し訳ございません、ただ今対応しております」

「まったく」

 ――なんなんだこいつらは。なんで怪我を押して自分たちを助けようとしてくれる人に対して、そんなこと言えるんだ?

 自分勝手な連中にむかついたキイチはわざとらしく大声を出す。

「だいぶ、スピード上がったなァ。このままだと脱線すんじゃねぇの?」

 アンジェリカは、大きく目を見開いてキイチを見た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ