第二章 その2 包帯少女
少女は腕も足も包帯だらけだった。右手にはリハビリ用の輪っかのついた杖をついている。
「ありがとうございます」
少女は振返って首をかしげるように微笑んだ。顔さえも包帯に覆われていて、片目と鼻から下しか見えていない。
キイチはなぜかひどく胸騒ぎがして落ち着かない。
「あ、いや」
慌てて目をそらしたキイチに、少女は微笑んだまま、券売機に向き直って右手をタッチパネルに当てた。
キイチにはその微笑みが少しばかり寂しげに見えて、もう一度、少女を見た。
少女は慣れた手つきでタッチパネルを操作していた。対面のパネルが駅名に切り替わり、少女の細い指が「セブンアイズ・タワー前」と表示されたボタンに触れる。
「あ、ひょっとしてここ、初めてなんですか?」
少女は振り返って訊く。
カラーコンタクトだろうか。眼鏡の向こうから大きな翠色の瞳がまっすぐにキイチをとらえていた。
「どうしました?」
少女が首をかしげる。年の頃は十五、六――キイチと同じくらい。肌の色素は薄く、あごのラインはシャープで顔も小さい。体型のわかりにくい服を着ているが、手足はすらりと長くて、uの音にかすかに訛りが混じる。本当に外国人か、ハーフなのかもしれない。
『ごめんなさい、お上手な日本語だったのでてっきり。これならわかりますか?』
少女はつい、と一歩、歩み出ると大きな瞳でキイチの顔を覗きこみ、流ちょうな北京語で訊いた。突然のことにキイチが固まっていると、首を捻りながら広東語、韓国語で質問を繰り返した。
「あ、ああいやごめん、日本語で大丈夫。ここ初めてだから面食らっちゃって」
我に返ってキイチが答える。
「そう、よかったです。実はアジア圏の言語はさっきので打ち止めなんです」
少女は肩をすくめながら、ぺろ、と舌を出した。
「どちらまで行かれるんですか?」
「あ、うん、愛帝学園なんだけど……」
不意を突かれたキイチは、馬鹿正直にもラミアの用意した潜伏先の高校の名前を告げた。
「でしたら、最寄り駅は天満町です。ちょうど環状線の反対側ですけど」
「そう、ありがとう」
少女はにっこり微笑むと、遠慮がちに杖をつきながらホームに向かった。
(あんなに怪我だらけなのに、よく一人で出歩くなあ)
普通の親なら一人で外出なんかさせないだろう。もしかしたら、今日退院して帰宅するところなのかもしれない。いや、だったらなおのこと家族が迎えに来るはずだ。
(なにか……事情があるのかな)
そんなことをつらつら考えながら、キイチは切符を買って内回りのホームに向かった。くだんの少女はまだ、時計を気にしながら先頭車両の位置に立っていた。
話しかけられても話題がないし、ただ気まずいだけだろう。キイチは少女に気づかれないよう、隣のドアの列に並んだ。
しばらくすると、ホームに音もなく電車が入ってきた。電車の窓は広く、開放的だが車両はコンパクトだ。先進技術のすごい車体を期待していたキイチは少々失望した。少なくとも外見は普通の電車と変わらないように見える。
降りる乗客と入れ替わりに先頭車両に乗り込む。乗客は二十人程度。もともと人口密度が低いだけに、平日の日中ではこんなものなのかもしれない。
発車のブザーが鳴って電車が滑らかに発車した。特に正面の窓が広く、前方の眺めがいい。
ああそうか。運転席がないのか、とキイチは気づいた。
箱庭都市でなくても観光地を走る列車の中には運転席を二階に備え、先頭に展望席を設けているものもある。だが、生活の足となるこの環状線でそのような構造にするメリットはない。
だとすれば、この電車もまた無人運転ということなのだろう。
高架線をゴムタイヤで走る新交通システムであれば全自動無人運転は珍しくもない。だが、鉄の線路の上を鉄の車輪で走る電車であり、しかも高架線でない路線というのはまだ実用にはほど遠いはずだ。無人運転は対人事故が起こらないことが前提だからだ。
列車がポイントを通過し、直進走行に移ると車内放送が流れた。
『ご利用ありがとうございます。この列車は』
ボーカロイド風の人工音声は無機質に続けた。
『”地獄”行きです』




