第二章 その1 無限解像(アンリミテッド・レゾリューション)
【第二章】
箱庭都市の空はノイズ混じりの青空だった。
ノイズに見えたのはさまざまなタイプのドローン。右を見ても左を見ても、すぐに見つけることができるくらい無数に飛び回っている。一番目に付くのは立方体型の小型コンテナに四つの回転翼を搭載したクアッドコプターだ。コンテナにはネット通販大手のロゴが大きく入っている。
これだけ多くのドローンが飛び交っていても道行く人々がほとんど関心を示さないのは、この風景が箱庭都市の日常であるからなのだろう。
キイチは目の前の箱庭都市入り口駅に視線を移した。
駅の前には巨大な丸い花壇。正三角形を二つ、上下逆にして重ねたように区分けがされ、色とりどりの花が咲いている。花壇の周りにはロータリーが配置され、数台のバスが停車していた。
周りを見回したキイチはずいぶんと緑が多いな、と思った。未来都市は環境への配慮も大きなテーマなのだろう。バスも無人運転の電動自動車だ。
構内に入ると、セグウェイにゴミバケツを乗せたような清掃ロボットが巡回しているのが見えた。すでに実用化されている家庭用清掃ロボットに比べるとずいぶんと大きい。
(どうせ清掃以外の公にされていない機能が満載なんだろうな)
キイチはすっと右手で清掃ロボットのメンテナンス用コネクタに触れた。
その刹那、キイチの視界が色を失った。雑踏の喧噪は急速に低音に変わり、可聴音域を下回って完全なる静寂が訪れた。あたりは暗闇となり、キイチは無の世界に取り残される。その一方で、キイチの意識にはまぶしいほどの光が鮮やかに浮かび上がっていた。絢爛たる膨大な電子配列から、頭脳と経験が意味のある情報を紡ぎ出す。
(OSはアンドロイドベース、センサは赤外線に3Dカメラ、ジャイロに地磁気……ああ、やっぱり個人認識データを共有してる。これじゃ清掃ロボットなんかじゃなくって自走式監視カメラだな)
キイチの感覚は通常の三百兆倍程度にまで引き延ばされていた。その感覚下では秒速三十万キロの光さえたどり着くに及ばず、電子ですら認識される。ケーブルを流れるデータのみならず、コンピュータを構成するプロセッサやメモリの内部もすべて、写真のように意識に写し取ることができる。
それが、キイチの持つ唯一の魔法「無限解像」だ。
回路に触れさえすればコンピュータのプログラムでもデータでも読み取る力と、ハッカーとしての知識と経験が加われば侵入できないコンピュータはほとんどない。もっとも、キイチ自身はそんなことを言ったことはなく、もっぱらラミアが「うちの子はすごいんだから」と自慢げに喧伝しているにすぎない。
――まったく買いかぶりすぎだ。
キイチはため息をついた。
所詮ハッカーに過ぎない俺に、どうやってテロ集団の計画を探れと言うんだ。ここに侵入しろ、と言われればきちんとこなしてみせる。だから、せめてその組織を探し出すところくらいまではやってもらいたい。「箱庭」といっても、山手線内側とほぼ同じ、約六十三平方キロメートルに人口二十万人が住んでいる「都市」には違いないのだ。
K市先端技術実証実験特区――通称「箱庭都市」。特区に認められた特例措置により、実用一歩手前くらいの技術からコストのめどが立っていない実験室レベルのものまで、幅広い実証実験が行われている。「箱庭」の通称はその実証実験が科学技術だけでなく、政治・経済・社会などありとあらゆる分野にまたがっており、「十年先の未来社会」をそのままスケールダウンしたものだからだ。
「どうかしましたか?」
券売機の前で思案するキイチに、突然後ろから女性が話しかけてきた。
「すんません、お先どうぞ」
列を譲ったキイチの目の前を女の子が会釈をしながら、ひょこひょこと通り過ぎる。
大きなキャスケット帽に丸い眼鏡。髪の毛を全て帽子に入れているせいか、ボーイッシュにも見える。くるぶしあたりのロングスカートにボーダー柄のトレーナー。肩にかけた大きなトートバッグが重たそうだ。すれ違った二秒後には忘れてしまいそうなほど地味なコーディネートにも関わらず、キイチは思わず二度見した。




