第六章 その9 上か下か
「私、エレベータの中にいたのね」
キイチに肩を借りて、急ぎ足で歩くアンジェリカは後ろを振り返りながら言った。
「まったく無茶しすぎだよ。大方、N/Aのアジトに単身乗り込んで、気がついたら縛られてた、てとこだろ?」
「……どうしてキーチは私に気づいたの?」
「アンジェリカが入るくらいのスーツケースを重そうに運ぶ男が、エレベータに乗るところが写ってたんだ。でも、その男が再びカメラに写ったときには軽々と持ち上げていたんだよ」
「スーツケース……」
まるで死体を運ぶようなやり口に、アンジェリカは身震いする。
「その男が他の階に降りたところはカメラに写ってなかった。どんなからくりなのか、不自然なことはないか、とカナと二人ですべての階のエレベータを早送りで見ていたんだ。そしたら、そのエレベータの扉は男が出た後もまったく開いていないことに気づいたんだ。あのエレベータは群管理されていて、待ち時間の合計を最小にするようにそれぞれのかごが協調して動くようになっている。だから、そのうちの一台がまったく動かないなんてありえない。おそらく、エレベータの運行システムをクラックして、群管理の集合から外したんだろう」
「そう……でも、どうしてセブンアイズ・タワーのエレベータなんかに閉じ込めたのかしら」
「それは、奴らをふん縛って吐かせれば分かるさ」
キイチはモニタ室のドアを開ける。
モニタ室に入っても、カナは振り向きもせずにキーを叩き続けていた。
話しかけようとしたアンジェリカをキイチが制する。
「いつもよりもキータイプが荒い。やばい状況らしい」
「いつも……って」
アンジェリカはキイチの真剣な横顔を見て黙り込む。
「蛇女から正確な爆破予定時刻が分かったと連絡があった」
唐突にカナが口を開く。
「その様子だと、ここから脱出する時間はなさそうだな」
「アンジェリカ。あんたが盗み出してN/Aに渡したセブンアイズ・タワーの文書はなに?」
「え……そんなこと私……」
アンジェリカはキイチを横目で見て言葉を濁す。カナはがばっと立ち上がると、アンジェリカの両肩を掴んだ。
「あんたがどんな事情で奴らに加担したのか、そんなのはどうでもいい。でも、そのくだらない見栄でキーくんを死なせたりしたら……今度はあんたを転生なんてさせない」
「ち、ちょっとカナ、どうしたんだ? 今度は転生させないっておまえ……」
「うるさいっ!」
床を睨み付けてカナが叫ぶ。
「時間がないのよ! もう、三分切ってるの!」
その勢いに気圧されてアンジェリカが震える声で言う。
「ハイパーアクティブ制震システム……」
「『イース3D』か!」
「キーくんとアンジェリカは地下に行って! あたしは屋上に行くから!」
カナはキイチにサブノートPCを投げ、その場で確保したノートPCを持ってモニタ室を飛び出す。その後をアンジェリカを抱いたキイチが追う。
キイチもカナも、互いにたどり着いた結論が同じであることを確信していた。
ハイパーアクティブ制震システム「イース3D」は屋上付近に置かれた巨大なウエイトと、地下の積層ゴムをアクチュエータで揺らして地震の揺れを打ち消す仕組みだ。これがもし、打ち消す方向でなく、より激しく揺れを起こすように動いたとしたら――もともとの地震よりもはるかに強い揺れがセブンアイズ・タワーを襲うことになる。
これが最後のピースか、とキイチは唇を噛む。
カナは二機並んだ非常用エレベータのボタンを上下とも押した。先に来たのは上行きのエレベータだった。
「キーくん、地下の方はお願い!」
だが、エレベータに飛び乗ったカナの腕をキイチが掴み、ぐいっと引っ張った。四十キロあるかないかのカナの身体はふわりと浮き上がり、キイチの背後に放り投げられた。
「痛っ、なにするのキーくん」
尻餅をついたカナが驚いた様子で言う。
「カナ、お前はアンジェリカと地下だ。屋上は俺が行く」
キイチはアンジェリカを下ろすとエレベータに乗り込んだ。
「待って、キーくん、ダメっ!」
キイチはにっ、と笑うとクローズボタンを押した。
「キーくんっ! いやあああああああっ」
閉まるドアの隙間からは大きく目を見開き、届かぬ手を伸ばしたカナの姿が見えていた。
キイチは壁に背を預けるとふぅ、とため息をつく。
このセブンアイズ・タワーが倒壊したら、危険なのは当然最上階だ。その一方で、地下は助かる可能性も高い。それを知っていて、カナは自分が上に行くことを選んだに違いない。
「これ以上、かっこいいところ取られてたまるかっての」
最高分速一二〇〇メートルを超えるリニアエレベータは、停止状態から五十秒弱で六二〇メートル超の屋上まで到達する。エレベータを降りると、そこは階段室の踊り場になっていた。上はビルの空調プラント、下が制震システム室と書かれている。
制震システム室には五メートル四方ほどの白い足場が整然と並んでいる。足場に見えるのはウエイトだろう。その隙間からアクチュエータとなる太いシリンダが前後左右をつないでいるのが見える。揺れをセンサが感知したら、その逆位相を発生させて揺れを打ち消す仕組みだ。
制御室の鍵は単純なシリンダー錠だった。キイチはビクトリノックスの細いナイフを伸ばすと、鍵穴に突っ込んだ。シリンダー内のピンが落ちないようにテンションをかけ、手先の感覚だけでピンを揃えていく。
中学の頃に身につけたピッキングのテクニックは鈍ってはいなかった。わずか十秒ほどでロックはカチャン、と外れた。
(あと一分半くらいか)
キイチが制御室のドアを開けて中に入ると、そこには施錠ラックに入ったサーバと、コンソール用のPCがあった。キイチはPCのUSBポートに手を触れた。
「無限解像」




