第六章 その1 爆弾
「どうも都市全体がざわついてる感じがするな」
キイチは助手席の窓から外の様子を窺って言う。
運転席のラミアも同意する。
「あの娘――アンジェリカが犯行予告したまま消息不明だから、当然セブンアイズ・タワーからの避難は勧告されているはず。あの高さだから、立ち入り禁止範囲もかなり広くとられているでしょうね」
「おまけに爆発事件か……ん?」
前方に車止めと警備保障の制服、それに赤い回転ランプがいくつも見える。
「検問……?」
「じゃないわね。通行止めみたい」
ラミアがちらりとルームミラーで後ろを確認する。後を追ってきたパトカーは応援を呼ぶこともなく、とっくに振り切られている。カナのSQLインジェクション攻撃で停止したNシステムはまだ復旧していないらしい。
「ここでUターンすると不自然だわ。いくわよ」
「あ、ああ」
ラミアから「今回の犯罪人引き渡し協定は抜け道を突いたようなものだから、緊急手配はされていないはず」とは聞いているものの、自分から警備保障に近づいていくのはさすがに緊張する。
「大丈夫、任せて。キイチくんのことは見もしないわ」
ラミアはそう言うと、タンクトップの胸元を少し下げて「魅了」と呟いた。
「すいません、この先通行止めになってまして」
誘導灯を持った警備保証の男が頭を下げながら運転席のラミアに話しかける。窓を下げてラミアが顔を出した。
「なにかあったんですか?」
「その先のビルで爆弾が見つかったんですよ」
ちらりとラミアの胸元に目を落とした男は制帽のつばを引き下げながら答える。
「爆弾? 午前中にもそんなニュースあったわよね」
「え、ええ、その事件との関連とかはまだわかんないですけど、この先は危険なのでご協力お願いします」
「そう、わかったわ」
「あ、あの」
ラミアが切り上げようとすると、警備保障の男は慌てて言葉を継いだ。
「なにかしら?」
「い、いえその、お気を付けて」
「ありがと。お仕事お疲れ様」
ラミアはにこっと笑うと窓を閉め、左折してその場を離れた。
「……実は魅惑ってこの世界では一番有用なんじゃないの?」
ぼおっとした様子の男をルームミラーで見ながらキイチが訊く。
「効果には個人差があるから。特に転生者には効きにくいのよね」
「へえ。ちなみに俺にかけたことってある?」
「さあ、どうだったかしらね」
ラミアは軽くあしらって路肩に車を寄せて停車した。キイチは信号機に近づき、監視カメラから伸びるケーブルに触れる。
「無限解像」
ケーブルの先に意識を集中する。目的の機器とは離れすぎていて視界がぼやけるものの、認識できないレベルではない。
有線ネットワークを通じて付近のビルの監視カメラの映像を辿る。外界ではそこからシステムのぜい弱性を見つけ、PCからクラックして侵入したが、手持ちのデバイスがない今は直接データを盗み見るしかない。
「見つけた」
距離にして五十メートル程度のビルの地下駐車場。駐車位置を示すマークをまったく無視して、通路にバンが停めてあるのが見えた。停めている、というより乗り捨てた、と言った方が正しいのかもしれない。
バンにはこれみよがしに後部座席の窓の内側にタイマーが貼り付けられている。残り時間は六時間を切ったところだ。
「見えた?」
「随分とあからさまだね。爆弾自体はホンモノだと思うけど」
キイチは車に乗り込みながらラミアに答える。
「あれじゃ通行の邪魔になるから、何もなくても通報される。それに、マンガみたいな時限爆弾タイマーがついてる」
「警備保証が車を動かしたんじゃないの?」
ラミアは車を通行帯に戻しながら訊く。
「いや……立入禁止にしてるだけで、誰もいなかったな」
「午前中の事件があったから、簡単に手を出せないのかしら」
「だとしても、誰もいないってのはおかしくない?」
「そうよね……爆発物処理班の到着を待っているのかしら……あら、また通行止め」
「またか。そこの先で停めて」
キイチは再び無限解像で監視カメラの映像を探る。やはり、先ほどのビルと同じように、通路に置き去りにされたバンがあった。今度は爆発物処理班と見られる防御服を着た男が、アームの付いた四輪駆動ロボットを操作している姿が見えた。
「こちらは爆発物処理班が来てるな。残り時間は……四時間弱だ」
「さっきのところより時間が短いわね。もしかしたら、他にも爆弾が見つかっていて、爆発物処理班は期限が短い順に処理しているのかも。箱庭都市の規模なら爆発物処理班は二班あればいいくらいだと思うから」
「ひょっとして……いや、違うか」
「どうしたの?」
「いや、セブンアイズ・タワー倒壊計画の資料と思われるものの中に、地震の震度マップがあったんだ。もしかしたら、いくつものビルを爆破して人工的に地震を起こして、その地震波がセブンアイズ・タワーで合成されるように仕掛けられているのかも、と思ったんだけど……」
「なるほど……。でも、合成された地震波の震度はセブンアイズ・タワーが倒壊するレベルなの?」
キイチは首を横に振る。
「そうなんだよね。それじゃ足りないんだ。それに、震度マップではセブンアイズ・タワーを中心とした同心円状にいくつか局所的に地震が起きることになってる。それが例の時限爆弾だと思ったんだけど、俺の記憶だとどうも場所が一致しないんだ。さっきのビルも、このビルも」
「なるほどね……じゃあ、確かめに行こうか」
ラミアは再び車を走らせた。




