第一章 その3 シンボルタワー倒壊計画
「忙しい夜だね。次はどのあたりの監視カメラをクラックすればいいの?」
「ううん、今からじゃないの。今度のはいつもの後方支援じゃなくって、潜入捜査だからちょっと長期になるんだけどね」
「断る」
「即答ね」
「いくらハッキング事件の司法取引で警察の協力者をさせられてると言っても、そんな危ないことまでさせられる筋合いはないよ。第一、俺は未成年だ」
「まあまあ、キイチくんにとっても悪い話じゃないのよ、これ」
ラミアは上目遣いで自信ありげに言う。
「……話を聞くだけなら」
キイチは迷った挙句に渋々答える。
「先端技術実証実験特区――通称、箱庭都市は知ってるわよね?」
「あの、十年未来の実験都市、という触れ込みの?」
「そ。あそこのシンボルタワーの倒壊テロが計画されているという情報があるのよ」
「そんなの国際テロリズム対策課の領域でしょ。ますます俺とは縁遠いよ」
「箱庭都市のシンボルタワー、セブンアイズ・タワーは高さ六百三十三メートルあってね」
かまわず続けるラミアに、キイチは仕方なく耳を傾ける。
「巨大すぎて倒壊させるためには丸々一フロアを埋め尽くすくらいの爆弾が必要になるのよ。でも、さすがにそれは無理でしょ? 航空機を突っ込ませても倒壊までには至らないし」
「なんで倒壊にこだわるのさ。ビルが倒れなくても、爆破テロは成立すると思うけど」
「正直、あたしも同じ意見なのだけどね」
ラミアはため息をついた。
「単なる爆破テロであれば放っておいてかまわないそうよ」
「なんだって?」
「想定内のテロや災害は実験の範疇で、箱庭都市の統括理事会の管轄なんですって」
「なんだそりゃ。それにテロ対策も含めて実験、てことなのか?」
「さあ。どうかしらね。ともかく、警察としてはビル倒壊に至る規模のものが計画されているのであれば強制的に介入できる、それ未満だと箱庭都市の企業秘密の壁に阻まれて手が出せない、という状況にあるわけ」
「ずいぶんと治外法権な都市なんだね、箱庭都市って」
「いろいろ政治家の見えざる手が動いているのよ。だから、キイチくんに倒壊テロが絵空事ではないって証拠をつかんでほしいの。って、なんで背中向けるのよぅ」
ラミアはパソコンに向き直ったキイチの肩をつかんで振り向かせた。キイチはめんどくさそうにその手を払う。
「話を聞くだけ、って言ったでしょ。俺にとってどこがいい話なんだよ」
「あ、ごめん。言うの忘れてた。あなたが探している人、いま箱庭都市にいるわよ」
「――今、なんて言った?」
「その前に、この仕事請けてくれない?」
ラミアはニヤリと笑みを浮かべた。