第一章 その2 ラミアの誘惑
「お疲れ様、キイチくん」
パソコンの前に座る少年に後ろから抱きつく、妙齢の女性。タイトスカートの描く曲線がなまめかしい。
うす暗い部屋の明かりはモニタから漏れる光だけだが、二十八型三台の光量は互いの表情を読み取るには十分だ。少年は淡々とした様子でヘッドセットを外し、モニタに映る街頭やビルの監視カメラとの接続を切っていく。
「野良犬の匂いがつきますよ」
兵頭キイチは背中に感じる、柔らかく豊かな二つの弾力の魅力に抗って必死に平常心を装った。
「もう、あれは剣崎さんが言ったことでしょ。あたしはそんなこと思ってないわよぉ」
加賀地ラミアはキイチの耳元で囁くと、椅子を回転させ、するりとキイチの太ももの上に跨がった。
「じゃあラミアさんは俺のこと、どう思ってんですか」
焦ってつい、訊かなくてもいいことを訊いてしまう。ラミアはんふ、と微笑むと首に腕を回し、耳たぶを甘噛みしてから言った。
「蛙」
もともと短いスカートが捲れ上がり、本来見えるはずのない絶対領域がガーターベルトとともに現れる。
だが、思わず視線を落としたキイチの表情は急速に無と化していた。
「ぞっとしない冗談だね。降りてくれる?」
「あら? さっきまでのドキドキを必死で隠して、ばれてないつもりになってるキイチくんはどこに行っちゃったの? あ、逝っちゃったから賢者タイム?」
不穏な冗談を歯牙にもかけず、キイチは白けた目でラミアの腰のあたりを指さした。
「タイトスカートにガーターベルトときて、縞パンはないよね」
「ひゃん!」
ラミアはキイチの上から飛び降りると、真っ赤な顔でタイトスカートを引っ張った。
「みみみみ見た?」
「見せてるのかと思った」
「も、もう! エッチ!」
そう言ってラミアはキイチをぽかぽかと叩く。
「はぁ」
「なにそれ!? ぱんつ見られてため息つかれるってどういうこと!?」
キイチのため息を耳ざとくも聞き逃さなかったラミアが食ってかかる。
「エッチって、二十六歳の女性が使う言葉じゃないと思うんだけど」
黒髪の長いストレート、切れ長の瞳。薄い唇に引いた真っ赤なルージュはまさにクールビューティ。大人の魅力満載、フェロモンの塊のような超絶美女。
それなのに、中身はまるっきりの少女。仕事柄、外見こそびしっとスーツで決めてるけれど、下着は思いっきり趣味に走ったミントグリーンとホワイトのボーダー柄。
ガーターベルトに縞パンを合わせられちゃあ、聖人だって助走つけて突っ込むはずだ、とキイチは思う。
「だってぇ……ずっと可愛い格好したかったんだもん」
ラミアは涙ぐんだ瞳でつぶやく。
ラミアの前世は上半身が女性、下半身が大蛇のモンスターだ。そういえば、あのモンスターの服装といえば全裸か、その豊かな胸を強調するような水着のようなものばかりだったな、とキイチも記憶をたどる。
「ラミア族ってみんなそうなの?」
「下半身デブがコンプレックス、て娘はけっこういたのよ。あたしも含めてね」
いや下半身デブとかいうレベルじゃないだろ、胴回り二メートル近いよね、とキイチは心の中で突っ込む。
「だから、視線を上に集中させるためにああいう格好してたのよね。コンプレックスの強い娘ほど露出度高くして。転生したときはほんとに嬉しかったわ」
そう言うとラミアは足をひょい、と後ろに跳ね上げた。その仕草は足を手に入れて喜ぶ人魚姫を思わせる。
ラミア自身、自分がクールな美人系であることは分かっている。でも、それでもずっと着ることができなかった可愛いファッションも諦められない。その結果が「見えないところのおしゃれ」と言うわけか。なるほど、とキイチも納得する。
「じゃあ、報酬はいつもの口座に振り込んでおいて」
キイチはくるりとラミアに背を向けると、再びパソコンのモニタに向かう。
「実はね、キイチくんに次の仕事を依頼しようと思って」