第四章 その10 キラードローン
「ひっ」
遠巻きにスマートフォンを掲げていた通行人たちは、その惨状を目で確認すると蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
アンジェリカが意識を失った男を押しのけると、その後ろには一台のドローンが浮かんでいた。
この箱庭都市ではいくらでも見かける小型貨物用ドローンだ。四つのロータの下にはネット通販大手、ジャングル社の企業ロゴが印刷された、小さな段ボール箱がつり下げられている。
ただ違うのは、その段ボール箱から小さな射出口が顔を出していることだ。それはぴたりとアンジェリカの顔に狙いを定めていた。
「アンジェリカっ!」
キイチがアンジェリカに飛びつく。射出口から高速で飛び出した金属棒がキイチの頬をかすめ、ひりつくような痛みを残していった。
「キーチ……」
「大丈夫、かすめただけだ。それより、一発避けたくらいじゃ終わらないようだ」
次発の発射準備中なのだろう。ロータの回転音に混じってチュイーンというチャージ音が聞こえてくる。前回のインターバルから考えるとチャージ時間は十秒と言ったところか。
「くっ」
アンジェリカがドローンに向けてテーザー銃を撃つ。だが、射出された針はドローンをわずかに揺らしただけで地に落ちた。
所詮、人の皮膚に食い込む程度の非力な非殺傷武器。銃の代わりにはならない。
だが。
「アンジェリカ、ローターを狙え!」
アンジェリカが二発目を放つ。
テーザー銃から放たれた針は高速回転するローターをすり抜け、その後ろに伸びるワイヤがシャフトに絡みついた。
「しめたっ」
キイチはワイヤを掴み、力いっぱい引き寄せる。大きくバランスを崩したドローンを間髪入れずに叩き落とした。
不吉なチャージ音がさらに高くなる。
キイチがドローンのロータを上から踏みつけると、パキッ、と簡単に砕けた。飛行能力を失ったドローンはブブブブとその場で回転を始める。
ドローンを足でひっくり返し、カメの腹のような段ボール箱を開く。
中にはコイルが巻かれたバレルとバッテリー、それにワンボードコンピュータが二つ入っていた。バレルにはリボルバーを切り開いたような弾倉がつながっていて、六発分のスペースには細い金属棒のようなニードル弾が四発残っていた。
六連装のコイルガンだ。
キイチはビクトリノックスでバッテリーへの結線を切断し、コイルガンを無力化してからワンボードコンピュータの配線を調べる。一つはコイルガンの制御用だろう。もう一つはどこにもつながっていない。
「コイルガンにつながっている方はアーデュイノね。このなんにもつながっていないのはラズパイ、か。なんに使ってるのかしら」
アンジェリカが箱の中を覗き込んで言った。アーデュイノもラズパイも数千円で購入できるオープンソースのコンピュータだ。
「ドローンの方はジャングル社のものか。偽装の可能性は?」
「今照合してる」
アンジェリカがドローンのそばにスマートフォンを近づけると、画面に情報が一覧で表示された。登録者名はジャングル社、ステータスは「異常」となっている。
「間違いなく、ジャングル社ね」
「やはりネット通販の配達用か。鹵獲されたか、クラッキングされたのか……」
「でも、盗難の報告もないし、トレースデータを見ても数分前までは正常に運行しているわ。真面目に働いていたドローンが、急に殺人鬼に変身したような感じ……」
口もとに人差し指をぽんぽん、と当てて考え込むアンジェリカ。ふと上げた顔が驚愕に強ばる。
「キ、キーチ……」
「ん?」
アンジェリカがおずおずと指さすキイチの背後に、そいつは静かに浮かんでいた。
不気味な射出口をこちらに向けた、新たなドローンだった。
ドローンはボシュッ、と特徴的な発射音とともにニードルを放つ。
同時にキイチはアンジェリカの体を引き寄せて伏せた。キン、とニードルがアスファルトで跳ねる音を耳にして、振り返らずに立ち上がる。
アンジェリカを抱き上げると、キイチはそこから逃げ出した。
「キーチ、ドローンが追ってきてる!」
「そうだろうな! 予想どおりだよちくしょう」
キイチは振り返らずに腕の中のアンジェリカに応える。
宙に浮かんだ敵からの狙撃じゃ分が悪すぎる。しかも、人混みの中では他の被害者が出かねない。キイチはひと気の少ない路地裏を選んで走る。
「どうしてジャングル社のドローンが二台も殺人ドローンに……」
「はぁはぁっ、多分、サイバーテロ組織があのコイルガンをジャングル社で販売してるんだ。ジャングル社の倉庫からドローンで出荷されたコイルガンに同梱されているラズパイが、ブルートゥースか無線LANを使って自分自身を運搬しているドローンをクラック、制御を奪って殺人ドローンになるってわけだ」
「まさか……もし、その想像が正しければ、このコイルガンユニットを出荷するだけで次々とキラードローンを増産できるっていうことになる……」
アンジェリカが最後まで言う前に、キイチたちの前に左右から三体のドローンが現れた。
「正解かよ!」
頭を下げてサイドステップで回避する。直後にキンキンキンッ、と立て続けにニードルが跳ねる音が聞こえた。
「くっそ、頭いいなこいつら。協調してやがる」
ドローンの包囲網は次第に狭まっていき、そしてついに二人は袋小路に追い詰められた。




