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第四章 その1 愛帝学園

新章です。

第四章


 予鈴の音が響く。

「はぁ」

 私立愛帝学園高等部一年B組の教室。キイチはため息をついて机に突っ伏していた。

(こんなことしてる場合じゃないってのに……)

 アンジェリカがセブンアイズ・タワーに向かった後、キイチは追いかけるべきか迷った挙句に愛帝学園に登校した。

 キイチの任務は「セブンアイズ・タワーの倒壊テロ計画が本当に存在するのか」を探ることだ。立て続けに危険に巻き込まれているアンジェリカがセブンアイズ・タワーに向かったことは、とても穏やかでいられる話ではない。

 そもそもキイチにとっては任務よりも前世の妹ケイを見つけることが大事だったし、任務自体、ケイの情報を得るために仕方なく引き受けたにすぎない。だからケイと瓜二つのアンジェリカを見つけた今となっては、任務など放り出して無理矢理にでもこの不穏な箱庭都市から連れ出したかった。だが、アンジェリカがケイとしての記憶を思い出していない以上、キイチの言葉に従うことはないだろう。かといってテロ計画のことを話すわけにもいかない。

 もっとも自分自身を犠牲にしてでも、人々を守ろうとしてきたアンジェリカのことだ。そんな計画があることを知ればなおのこと、この地を離れようとはしないだろう。さすがに昨日の今日で大規模テロが起きるとは思えないが、日常的にセブンアイズ・タワーに出入りしていれば巻き込まれる確率も高くなる。

 もしかしたら統括理事会サイバーセキュリティ特務課のオフィスはセブンアイズ・タワーにあるのかもしれない。そうなると毎日が危険と隣り合わせだ。倒壊テロ計画を暴くことはアンジェリカの身を守ることにもつながる。

 期せずしてラミアの思惑どおりに物事が運んでいるようで癪に障るが仕方がない。キイチは任務を遂行すべく、先に潜入している真中カナ――ラミア曰く「扱いづらい子」――と合流するために中高一貫校である私立愛帝学園にやってきたのだった。

 今は朝のホームルームで自己紹介をしたあとの一時限目前。キイチは最後列の席から校庭を眺めていた。窓際から二列目だが、隣が欠席なので眺めは悪くない。体育の授業なのか、パラパラとブルマ姿の女子生徒たちがグラウンドに出てくるのが見える。

 キイチは教室の中で唯一、主のいない隣席に視線を向けてため息をつく。消去法でこの席がカナの席のはずだ。

 確かに、扱いにくい子なのかもしれない。

 いやいや、たまたま欠席している、というだけでそう決めつけるのは早計だ、とキイチは頭を振って思い直す。そもそも諜報が任務であるわけだから、学校に来ないこと自体は問題ではないはずだ。

(でも、俺が転入してくる日くらいは登校してほしかったよなあ)

 キイチはぼやきながら校庭の女子生徒をぼんやり眺める。

 ラミアから聞いている先行潜入者の情報は真中カナという名前と、キイチと同じように司法取引をして警察の情報提供者をしている、ということだけ。せめて写真でも、と言ってみたものの妙に思わせぶりな笑顔で「愛帝学園で合流するときのお楽しみ」と、渡してもらえなかった。

「ねえ、兵頭くん」

 唐突に声をかけられて振り向くと、そこにはおでこを出した黒髪ポニーテールがいた。細いフレームのメガネ、化粧っ気のないすっぴん肌。それはまさしく、

「委員長……」

「どうして知ってるの? まだ自己紹介してないのに」

「あ、いや、その、転校生に話しかけてくる女子なんて、委員長なのかな、と思って」

 思わず漏れた言葉をとっさにごまかす。

 委員長はあはは、と笑った。かぱっと大口を開けるところが素直で可愛い。

「まあそうなんだけど、でも、みんな兵頭くんのことは気になってると思うよ。こんな時期に転入してくるんだもん」

 キイチはぎくり、とする。確かに一年の五月なんて普通ではありえない半端な時期だ。

「急に空きができたから、とか聞いたけど」

 適当に答える。

「そうなの? ひょっとして、ああ、でも違うか」

「どうしたの?」

「いや、空きができたってことは誰かがやめたってことでしょ」

 キイチはそこまで考えていなかったが、話を合わせて頷く。

「だからひょっとして真中さんやめちゃったのかな、と思ったんだけど、それだったらクラス委員のあたしが知らないはずないし……」

「ああ、ごめん。ほんとのところはよく知らないんだ。その、真中さんって?」

「そこの席のなんだけど、入学以来、ずっと休んでるの」

 委員長はキイチの隣の空席を指した。

 やっぱり。

 そう思いながらもキイチは、

「へえ。病気なの?」

 ととぼけて訊ねる。

「先生もはっきり言わないから、たぶん違うとは思うんだけど……あっ、いじめとか、そんなんじゃないよ? だって一回も来てないんだから。それに、このクラスはそういうのないから安心して」

「大丈夫、そんな心配はしてないから」

 キイチは苦笑する。

「あたしは柚木柚ゆのきゆず。一応、委員長やってるから、困ったことがあったらなんでも相談してね」

「ありがと、柚木さん。助かるよ」

「おーい、柚木」

 開け放しのドアから担任教師が声をかける。

「真中の家庭調書、まだ出てないんだよ。悪いけど取りに行ってくれないか」

「わかりました」

 出席簿を掲げて去っていく教師を見送って、委員長ははぁ、と軽くため息をついた。キイチがすかさず訊く。

「ところでさ、さっそくで悪いんだけど、いいかな」

「なに?」

「実は、まだこっちに来てスマホを持ってなくてさ、新しいのを買おうと思ってるんだ。でも全然手持ちがなくってね。安く買える店ないかな?」

「んー、そうね、この近くでも買えるけど、住宅街の方だともっと安いかなあ」

「地理とかまだ全然わかんなくってさ。悪いんだけど、付き合ってくれない?」

「え、あたしが? いいけど……」

 手刀を切るキイチに、委員長が及び腰になる。会ったばかりの男子がそんなことを言ってくれば誰だってたじろぐ。でも、困ったことがあれば相談して、と言った手前、そう簡単に断ることもできないのだろう。担任の依頼を受けた手前、今日は用事があるから、なんていう言い訳もできない。

「もちろん、委員長の用が先でいいからさ」

 断る理由を探している間に先回りする。

「うーん、でも」

「ごめん、ほんとこっちまだ知り合いいないし、スマホは早く手に入れたいし、でもお金はあんまりないしで困ってるんだ」

 お願い、と目をつぶって両手を合わせると、委員長はあきらめたように答えた。

「ん、わかった」

「サンキュー、恩に着るよ!」

「どういたしまして」

 そういって委員長は笑った。内心がどうかはさておき。

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