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第三章 その2 すべての理(ことわり)

(2017/09/19)言葉の用法がおかしかったところを修正しました

 コンビニの電子掲示(デジタルサイネージ)は、ニュースから箱庭都市統括理事会のお知らせに切り替わっていた。キイチはしばつく目を押さえながら店を出た。

 意識を失っているところを駅員たちに発見されたアンジェリカは、すぐに救急車で救急病院に運び込まれた。本営発表の軽傷者十二名のうちの一名、ということになる。

 コンビニを出たキイチは目の前の病院を眺める。

 現場から離れたキイチは無限解像(アンリミテッド・レゾリューションを使って自動車ナンバー自動読取装置――いわゆるNシステムのネットワークに侵入、すぐに救急車の行き先を箱庭都市中央病院と特定した。すでにアンジェリカの病室まで判明しているが、統括理事会サイバーセキュリティ特務課であり、そして今回の事件について誰よりも詳しいアンジェリカが一人でいるとは思いにくい。

 おまけにキイチは現場から逃げ出した重要参考人――見られていたらの話だが――である上に不法侵入者だ。データ上の不備はないとしても、睨まれて今までの生活データなどを洗われたらボロは出る。可能な限り、二人きりで会いたい。

 キイチは、はやる気持ちを抑えながらコンビニの駐車場に佇んでいた。

 現世に転生してから十六年。前世アランと現世キイチの間にあった、「無の間」を入れると数千年以上。ずっとずっと待ち望んでいたケイとの再会がすぐそこまで来ている。もっとも「無の間」には空間も時間もなにもない。ただ、意識だけが存在する地獄のような「間」だ。刹那よりも短く、永遠よりも長い。数千年というのも体感的なものでしかない。

 その間、アランは思考した。最初は自分にかけられた転生魔法を解除する方法を考えた。体感で百年ほど考え、そして無理だと結論づけた。次にケイと同じ世界に転生する方法を考えた。そのためには転生の仕組みから解明しなければならなかった。そしてそれは世界の(ことわり)、世界がどのようにして成り立っているのかを理解することでもあった。

 だが、「無の間」のアランにはいくら仮説を立てても、それを確かめる術がなかった。だから、ひたすら仮説を立てては崩し、崩しては新たな仮説を立て、それを何千、何万、何億回も繰り返した。ただただ、思考のみで世界の深層にたどり着くために、ケイと再び出会うためにすべての思考を費やした。

 そして、アランは天啓のようにすべての(ことわり)を理解した。

 世界はいくつもある。入れ子になっていることすらあるだろう。

 世界は観測者によって成り立つ。観測者を創造主と言っても大差はない。

 世界は選択できる。ケイが転生した世界に転生することは造作もない。

 世界は観測することで特定される。観測者を創造主と言う所以だ。

 世界は矛盾すらはらむ。この世界の(ことわり)に矛盾がないからといって、他の世界にも矛盾がないとは限らない。

 世界を将棋盤だと考えれば分かりやすい。

 物理的には将棋の駒はどのようにも動かせる。王将をいきなり相手の玉将の上に乗せることもできる。だが、それは将棋のルール上許されないことだ。

 つまり、すべてを理解し、すべての行動が可能であっても、その世界に転生してしまえば、その世界のルール――創造主が作ったルールを強制されることになる。「無の間」ですべてを理解したアランではあるが、自身で世界を作らない限りは転生後の世界の創造主の定めたルールに従わざるを得ない。

 そしてアランはケイのいるこの現世への転生を、自身の選択で行った。

 予想どおり、転生した途端にアランの自由闊達な思考は創造主によって大きな制限を受けた。現世の両親にキイチと名付けられ、成長して脳内のシナプスをつなぎ直すまで、自分自身の使命も、前世の記憶もほとんど思い出すことができなかった。

 だが、それでもケイへの思いだけは強く残っていた。幼少のころから幾度となく夢に見た銀髪翠眼の少女。それが誰かも分からないまま、自分は彼女に会わなければならない、会うために生まれてきたのだという思いは揺らぐことがなかった。

 そして今、ようやくケイと現世で出会うことができる。

 多少、髪や顔を隠していたくらいで気づかないとは、俺の記憶もまだ完全じゃないかな、と、キイチは少々自嘲気味に思う。

 だがそれよりも、キイチには気になることがあった。

 ケイの記憶はどれくらい戻っているのだろうか。

 少なくとも、駅や電車では、キイチのことをアランだと気づいた様子はなかった。だが、ケイの現世の名前――アンジェリカ・ユーリィエヴナ・カスタルスカヤから考えるとロシア人だろうか。本来なら日本人のキイチとはそう簡単には出会えないはずだ。

(だからきっとケイもなにか引き合うものを感じて日本に来たはず……だよな)

 キイチは一抹の不安を感じつつも、それに勝る喜びに落ち着かなかった。

 そしてその瞬間(とき)は唐突にやってきた。

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