第二章 その9 ケイ
第二章はこれで終わりです。明日からもよろしくお願いします。
キイチは砕けた窓ガラスの残骸を蹴り出すと、窓から外に出た。
自分たちの乗った電車の前には保守作業車があった。衝突時の速度は十分落ちていたし、見た目にはそれほどダメージがあるようには見えない。だが、それでも窓ガラスが砕けるくらいの衝撃は受けている。一両あたり二十トンを超える重量が暴力的なまでのエネルギーを持つことを改めて思い知らされた。
(頼む、無事でいてくれ)
キイチは祈りながら走った。保守作業車の前に車両があるのが見え、速度を上げて近づく。先頭車両は保守作業車から十メートルほど離れたところに停車していた。見た目には異常は見られない。
車両後部に近づき、連結器を足がかりにしてよじ登る。連結器には自動解結装置――遠隔で車両の解放・連結ができる装置が組み込まれていた。
(そうか、その手があったか)
キイチはなにが起きたかを理解した。
自動解結装置は通常であれば運転席から操作するものだ。しかし、運転席のない箱庭都市の電車であれば管制システムから制御できてもおかしくない。そして、走行中に連結が解除されるという異常事態が発生すれば、管制システムとは無関係に列車自身による緊急自動停止装置が作動する。
そうして先頭車両と後続車両を切り離し、保守作業車と衝突する前に後続車両を停止させたのだろう。結果として先頭車両と後続車両の間に保守作業車が入り込む形になったが、それが計算ずくだったとしたら恐ろしいまでの頭脳だ。だが、もしかしたら、先頭車両は衝突してもいいと思っていたのかもしれない。
車内に乗り込んだキイチは、床に身を投げ出している少女を見つけて息を飲んだ。
キャスケット帽も眼鏡もどこかに飛んでいた。
艶やかな銀色の髪は絹のように広がり、虹色をまとって光り輝いている。野暮ったいロングスカートはまくれあがっていて、白磁のように滑らかな太ももが見えていた。
顔の大部分を覆っていた包帯はほどけ、美しく整った顔が露わになっている。すっと通った鼻梁は精緻な彫刻のように美しく、わずかに捲れ上がった上唇は薄紅色で繊細だ。
だが、そんなことはキイチにとってどうでもいいことだった。
その姿はずっと探し続けていた前世の妹、ケイと生き写しだった。
「ケイ……」
「ん……んん……」
はっと我に返ったキイチは慌ててアンジェリカの脈をとった。若干弱々しいものの、脈拍もゆっくりで安定している。口もとに耳を寄せると規則正しい吐息が聞こえた。気を失っているだけのようだった。
アンジェリカが命に別状はないことを確認すると、キイチは大きく息を吐いた。
「おい、こっちにも一両止まってるぞ」
大きな声に外の様子を窺うと、数人の駅員たちが駆け寄ってくるのが見えた。キイチは少し迷ってから車両前方の窓からこっそりと抜け出した。被害者の立場であっても警察に関わるわけにはいかない。ここにいること自体がすでに違法なのだ。
この箱庭都市にいる限り、またすぐに会うことができるはず――キイチは自分に言い聞かせるようにその場を後にした。




