16‐2
どこか知らない地の森の中で。
月明りの中、そこで野宿をすることにする。
荷物をまとめ、火の準備をして、俺たちは夕食を食べる。
内容は粗末なものだが、海の女神は久々の食事だと言わんばかりにガツガツと夕飯を食べる。
「神殿にいた頃はどんな食事だったんだ?」
「神殿にいた頃?」
俺が聞くと、海の女神は手を止めて。
「普通だったよ。パンとスープ。あと、魚。魚。魚」
「魚ばっかりだったのか?」
「うん。肉類は一切出なかったね。というよりも、出せなかったのだろうね。天使たちは海の中しか自由に動けないから」
「天使たち?」
「海の神に仕える子たち。魚が人間の姿に変わったような見た目をしてるね」
「何それ、気持ち悪そう」
「初め見た時は気持ち悪かったけども、慣れて来ると可愛く見えてくるよ。喋れないから行動で意思を示そうとしてくるし」
仮にそうだとしても、それはいやだな。
「そう言えば、海の女神様は元人間だったのですよね?」
「だから、様付けなんかしなくて良いのに」
「では、なんと呼べば良いのですか? 人間だったころのお名前は何ですか?」
フィナさんがその質問をしたとき、明かに海の女神の表情が曇った。
まるで思い出したくない思い出を思い出したかのように。
「名前はないよ。十五になってからは外にも出してくれなかった」
海の女神がそう言ったとき、フィナさんはしまったと言った様子になる。
俺もまさか海の女神がこんな表情をするとは思いもしなかった。
「私は生まれた時から海の神の生贄になることが決まってた。だから名前は貰えなかった」
「生贄?」
「言葉が悪かったね。名目上は海の神に女を妻として差し出すこと。海に身を投げ出すの。でも海の神の妻になれるとは誰も思っていなかった。だから生贄となんら変わらない」
少しずつ海の女神について分かってくる。
「名前がもらえなかったのは、人間ごときが海の神の妻に名前を付けて良いはずがないから。だから私は名前なく、十五になるまで過ごして、それからは建物の中で十八になるまでいた。ずっと閉ざされた暗い部屋にいた。たまに来る食事を運ぶ人以外を見ることはなくなったし、会話もしなかった」
「ですが、海の女神になられて、名前を頂けたのでは?」
「海の神がそんな粋な計らいをするわけがないじゃん。私を呼ぶときはお前とかだよ。必ず」
海の女神を俺は誤解していたのかもしれない。
海の女神が明るい姿を見せるのは、故郷に帰りたいのはそんな過去を消し去りたいからなのかもしれない。




