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15‐4 海の神

「彼女は?」


 数か月ぶりに訪れた神殿の一つ、そこで海の神は牢屋の前に立つ天使に聞いた。

 天使は海の神に対して膝をつき首を垂れる。畏怖した様子で海に神に対して、聞こえない言語を言葉として発する。それを海の神は理解した。


「なるほど。脱走したのか」


 海の神の妻は37人いる。

 彼女はそのうちの一人。

 それも一番最後。故に他の妻とは別に放置される扱いを受けていた。

 だから脱走した。

 ならば納得がいくのだが、海の神には納得がいかないことであった。

 何故、ずっと脱走しなかったのか。それは海の神が自身の妻に対して、気持ちの操作を行っていたに他ならない。


「無の神か」


 微かに残った牢屋の記憶を辿り、海の神はそう呟いた。

 記憶を辿る。それはごくわずかの神にのみ許された力である。時間を支配する行為に値するものであり、創造主はその力の乱用を問題視したからだ。

 無の神と分かっても、海の神にはやはり納得がいかない。

 無の神がこういった行為をするとは考えにくい。

 仮に友人である彼女を助けるためにこの行為をするとして、彼女の心の支配を解き放つことができるだろうか?

 破壊を与える存在がそんな細かな行いをするとは到底思えない。

 創造主の妹としても、出来ないことは多い。


「ならば、創造主か」


 海の神は一つの答えにたどり着いた。

 制御をしていた本人に気づかれることなく、その制御を解き放つことが出来るのは、すべてを与えることができる創造主のほかいないわけである。

 海の神ははぁと大きくため息をついた。

 創造主が相手では勝つことはできない。

 だから、また制御をするために連れ戻すほかない。

 そしてまた、解き放たれる。

 それが何度続くことだろうか。


「面倒だ。非常に面倒だ。創造主が相手ではすべてにおいて分が悪い」


 海の神は腹いせに天使の首を跳ねた。

 飛ぶ首。首の付け根から滴る血が床を赤く染める前に。

 海の神は神殿の外を見た。


「だが、連れ戻そう」


 海の神は続ける。


「彼女は私が愛した女の一人。例え相手が創造主だとしても、私は決して妻を見捨てたりはしない。例え相手が創造主の後継者だとしても」


 海の神は静かにその場を離れた。

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