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光のこども闇のこども 3

「リュクルス、昨日は花火までいましょうってお話だったのに、勝手に先に帰ってしまったのね。私、ずいぶん探しまわったのに……」

 窓辺に飾られた庭の切り花を、指先でかきまぜながらセデリィカが言った。

 自室にいながら所在無く寝台に腰掛けたリュクルスの表情は、射し込む陽射しの帯の死角になって不鮮明だった。

「……ごめん、セデリィカ」

「シーノンといたの?」

「……」

「そう。いいのよ。別に、正直に言ってくれてもいいのよ。怒らないわ。あなたはあなたのしたいようにすればいいのよ。心の中の本当のあなたに導かれるままにね。ただし、私に許される範囲で」

 華奢な指先が、ぐる、ぐる、ぐる、と春の花たちを踊らせる。

 小さな花瓶の中のロンド。

 その花たちよりも華やかな微笑を唇に飾って、セデリィカが歌うように、たたみかけた。

「仮面を作るのだって、あなたの心の中にいる本当のあなたが求めることでしょう?」

 暗がりでリュクルスが顔を背ける。

「怖がることはないわ。あなたが患者にしていることと同じじゃないの」

 くすりと笑いを漏らして、セデリィカは一輪だけ背の低いすみれを指先で弾いた。くるりと出窓に背中を預け、リュクルスを見やる。

「頼んでおいたものはできた?」

 びくりと彼の首筋が動く。 

「まだ……」

「見せてくださる?」

 のろのろとリュクルスは立つ。

 時間をかけて地下の作業場から戻ってきた彼の手には、白布の包みが提げられている。セデリィカは彼に近づいていき、彼の手の中で包みの結び目を解いた。

 はらりと端の落ちた白布の上に、漆黒の仮面が現れる。

 繊細かつ正確無比な技を用いて酷薄に刻まれたその唇をなぞり、世界を睥睨するかのごとき(まなこ)の空洞まで、愛しげに手のひらを這わせた。

「これがあなたの真の姿。奥底から引き起こされるべきあなたの本性」

 闇から生まれ、闇に棲み、闇を操り、闇を拡げる。人の善性を否定する影の支配者の嘲笑。作り手の感性と技を、ほかならぬ彼自身に向けてこの世にかたちを取らされた、真なる心の表象。これこそが……。

 闇の王の仮面――。

「まだ……」

 リュクルスの言葉に嘘はなかった。すでに仕上げの色は塗られているが、まだ仮面は完成していない。充分に彼の本性を彫り込んだ出来となってはいないことに、実績を積んだ職人であるリュクルス自身が誰より気付いている。

「完成がとても楽しみね」

 セデリィカは励ましの仕草でリュクルスの腕を掴む。

 そのまま伸び上がって耳元に唇を寄せた。

「わかっているわね。無駄に私を焦らしたら、あなたの大切な娘を――」

 リュクルスが、彼を押さえる細腕をとっさに掴み返した。

「シーノンには手出しさせない」

 平然とセデリィカは目をすがめた。

「そうね。その決意をかなえる方法はひとつよ。身体の弱い今のあなたには、わたしの愛情を拒む力もないわね」

 その光景を誰が見ていても、つぶさに彼女の動きを追うことは不可能だっただろう。いつのまにか彼と彼女の立っていた位置に逆転がおきた。セデリィカが彼の胸をとん、と押すと、リュクルスの身体は膝が壊れたみたいに寝台へ投げ出された。不利な姿勢からリュクルスは否定と怒りのまなざしを彼女に返す。かまわずセデリィカは――、一介の医者の娘には不似合いな技術と力で、リュクルスの動きを封じた。

 純粋可憐な娘らしい表情をかすかにさえ変えることなく。

「方法は一つよ。闇の王の仮面を完成させること――」


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