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光のこども闇のこども 2

「あー、くっそ。野郎……まさか断るとは思わねーだろ。フツウ、皇太子様のお頼み事を、断るか? ありえねー」

「彼はそういう人ですよ。言ったでしょう」

 苛々した罵声を上げながらどっかと長椅子に腰を下ろした青年に、こちらのテーブルでコリントはしれっとして答えた。

 手元では白磁の全体に湯をかけられてもうもうと湯気の立つ茶器。砂時計をひっくり返し、コリントは薬草茶が最高の香りに蒸らされるのを待つ。

 長椅子から声の低いつっこみが返る。

「いや、人じゃねーだろ、あいつ」

「今は人です」

「どうだかな。悩める皇太子様のご相談を無下に追い出すような奴に人の心なんか、欠片もねーだろ」

 無駄足を踏まされて心底から疲れたというしかめつらを、臙脂色のクッションに押しつけ、ゼーニッツは額にかかる同系色の髪を鬱陶しそうにかきあげた。 

「……もしかして傷ついたのですか?」

「誰が」

「君がですよ、ゼーニッツ」

「何で」

「特に理由はなくても人間は傷つくものでしょうけれども、君の場合は、まあ、ねえ……」

 海色の目がじろりとコリントを見た。

「は?」

「構ってもらえないと心にぽっかり穴が空く寂しがり屋でしょう」

「は? どこで何時(いつ)?」

 やれやれ、とコリントは肩を落とす。

「僕にも責任の一端があることは認めますが」

「ごちゃごちゃぶつくさ言ってんじゃねーぞこの放浪翼人」

 さらにコリントは小さく溜息を吐いた。

 今では悪態専門の態度しか見せないが、この皇子も初めて会った幼少の頃は溌剌として優しく素直な子供だったのに。自分が指導義務を投げ出している間にどうしてこうなった。

「ったくどいつもこいつも翼人は信用ならねえな」

 まだむしゃくしゃと前髪をむしって、ゼーニッツは計画の頓挫を嘆いている。

 ルクス屋敷から離宮への帰途についたと思わせた馬車は迂回路をとってコリントの薬草園に戻ってきていた。

 (つまず)きの原因を、専門家に頼って分析するためである。

「格好をつけて王者の仮面などと言うから。そこは平凡に食欲不振とか、色欲減退とか、物忘れが酷いとかにしておけばよかったのに」

「老人じゃねーんだから……」

 あらかじめコリントからルクス屋敷の二人について聞き出していた情報を元に、ゼーニッツが練った段取りはこうだ。

 リュクルスに皇太子が依頼を持ち込む。リュクルスが依頼を受ける。皇太子は離宮にリュクルスのため設備の調った作業場と居住区を用意して住まわせる。当然くっつき虫のシーノンも共に着いてきて離宮で暮らすに違いない。お近づきを深めるゼーニッツ皇太子。これまでゼーニッツの誠意ぶったたぶらかしに落とされなかった女性はいない。シーノンはゼーニッツによってリュクルスの元を離れる決意を説得される――。

「《鍵》を押さえ込んでいる邪魔者さえ引き剥がせりゃ、こっちのもんだろ」

「《鍵》ね……」

 予言に記された《鍵》。

 完全世界を開く鍵。

 それこそがゼーニッツ皇太子の求める力だ。

「それがシーノンだという根拠はどこにもないのですよ」

「だが、《闇ノ翼》のリュクルスのワケもないだろうよ。《光矢ノ乙女》の祈りを受け継ぐ者が」

「それはそうなのですが……」

 コリントは、手元の茶器を傾けながら眉間にむずかしい皺をきざむ。

「昨日の喧嘩の仲裁ぶりなんか、まさにその片鱗じゃないか。俺の感動は意外と本当だぜ」

 宮廷では〝智者の双眸〟という形容がついている見栄えのよい瞳をすがめ、ゼーニッツが記憶の中のシーノンの姿に陶酔していた。

 確かに、見る者が見れば、質素かつ禁欲的な身なりに惑わされることなくシーノンの本質を見抜いてしまうことは可能だ。眼鏡以上の色眼鏡をかけて自分の外見的資質に無自覚なのはシーノン本人ばかりなり、なのかもしれない。

 コリントはあらためてゼーニッツを振り返る。ゼーニッツ皇太子の心酔は、彼女の行動の勇敢さという以上に姿かたちに向けられているようであった。

「そして彼女にあんな流行おくれのボロを着せてるリュクルスというやつ」

「彼は独占欲が強いのです。シーノンの本当の姿を他人に知られたくない。盗られるのが怖い。自分でもその自分の闇に戸惑っている様子がありありと見えて興味深いですが……」

「あいつちょっと病んでるのか?」

 呆れた声音でゼーニッツ。

「人間は誰しも病んでいますよ。だからルクス心療研究所が繁盛するんです」

「病人が病人を治すのか」

「雪玉が雪だるまになっていくように、闇は闇に吸着されていく――」

 やや影を含ませた声で、コリントは呟いた。

「あんたはリュクルスに嫉妬しねーの? 仕事投げ出して俺の前から行方を眩ませてまで捜し出したシーノンちゃんなんだろ?」

 香草茶の湯気と香りに誘われたゼーニッツが、いつのまにか食卓に着いて茶碗を掲げていた。

 揶揄する口元が、皮肉げに歪んでいる。

「捜し出したものの、僕に何が出来るということもなかったですから」

「いまだに赤の他人の友達のままとは、奥ゆかしいのか残酷なのかわからねー」

「真実を知るほうが残酷でしょう。あの子はリュクルス君を……」

 皆まで聞かずにゼーニッツが舌うちする。

「気にいらね」

「あの二人のあいだに割り込もうという計画自体、無理があると思いますよ」

「じゃあ、ラファタルと《闇ノ翼》にまんまと〈完全世界〉を獲らせるか? このまま人の心から闇を集めまくったリュクルスが《闇ノ翼》の王の息子本来の力と人格に目覚めちまったらどうする? 《闇ノ翼》とラファタルの連中はシーノンを支配して《鍵》の力を我が物とするに違いない。予言どおりに行けば、〈完全世界〉の扉を開いたほうが世界の勝者だ。《闇ノ翼》に導かれたラファタルによって全人類は統一され、《一極》の平和が完成する。翼人の仕組んだ代理戦争の最終目的だろーがよ」

 《光矢ノ乙女》の祈りによって、光と闇の戦いには終止符が打たれたと――神話は綺麗事で締めくくられる。

 だが、現実には、洪水が武器とともに全ての敵意や復讐心をも綺麗さっぱり押し流してくれたというわけではない。

 友や家族の死をあがないたいために戦いをつづけたがる者たちの声は、依然として大地にくすぶった。それでも、《光矢ノ乙女》が起こした奇跡は、翼人の王たちにとって無視することのできない《一極》の意志であった。王たちは、一考を案じた。洪水によって翼人たちは大部分の数を減らし、たしかに戦の続行は困難なのでもあった。このまま争えば種の滅亡が見えていた。

 そこで王たちは、大地を這いずる人類という種に目を付けた。翼人(じぶん)たちは血の染みついた大地を去って、人類に主役の座を明け渡し、光と闇がそれぞれに彼らを導くことで、争いの決着を人類へと委ねよう――。

 それぞれの思想に感化された人類が、二つの教会、二つの大国に分かれて争いはじめたとき、代理戦争という王たちの思惑は、まんまと実現をみていた。

 光と闇の戦い、その始まりは、《一極》の用意する〈完全世界〉にどちらの思想がより相応しいか、という主張の対立だ。

「とはいえ、俺が《光ノ翼》の側にいるのはただペンツェラルゼに生まれたからってだけだ。しかも面倒なことに皇子だったもので、翼人の王族直々にどっかの誰かがごくまれにふらりと戻ってきては教育係ヅラをしてくださってね」

「手のかからない教え子でしたからね」

 コリントは乾燥させた薬草の束を紙に包んでまとめる作業をはじめた。帝都の研究所に送る荷物をついでにゼーニッツの馬車に持たせてしまおうと、慣れた手つきで小分けの包みを幾つも縛り上げていく。

 シーノンを地上に捜し当てて、その生活を傍から見守ろうと決めたのち、コリントは一旦ゼーニッツの元に戻り、彼の求めに応じて帝都の防疫環境改善事業に協力した。

 翼人の導きとは、一つには光なら光の考え方、つまり思想教育。

 もう一つには、太古の時代に蓄積した森羅万象にわたる智恵の教授である。

 コリントは人類の学問で分類するところの生命医学といったものを得意としていて、その面でゼーニッツに示唆を与え、皇太子の国民からの高評価に貢献してきた。

 作業しながらコリントの瞳は徐々に細められていく。ゼーニッツが口にした懸念……。リュクルスがこのまま患者の心の闇に触れて仮面を作りつづけ、自らの心の闇に少しずつ闇を吸収し、やがて、失われていた力を取り戻すまでになって、翼人として覚醒したならば――。

 《闇ノ翼》の王の御曹司である彼は、予言の通りに滅びの翼となるかもしれない可能性を持っている。

 もしも予言の未来が到来したら。

 そのとき、シーノンは……。

「しかし、光か闇かはこの際どうでもいいことだ。重要なのは帝国が勝つことさ。この国の人間がワリを食わないで済むかどうかだ。俺には俺に任されている人間のぶんの責任がある」

 意識せずゼーニッツの口調が皇太子のそれになっている。

 ぞんざいさを演じて皇太子疲れの()さを晴らしていても、気を抜くと地の生真面目さが出るのがゼーニッツの彼らしいところである。

 ゼーニッツの二面性はどちらも演技でしかないのだ。

 芯からの育ちの良さを思えば、どちらかといえばぞんざいさのほうが、努力して身につけた精神衛生術だろう。

「今では人間のほうが、翼人の思想を方便に使っているのかも知れませんね」

 方便と言えば、と麻縄にハサミを入れながらコリントは疑いの眼をゼーニッツへ向けた。

「シーノンたちに、また例の嘘(・・・)で同情を求めたのでしょうね。嘘はもっとも《一極》の御心に背く罪だと、それだけは初めて会ったその日に教えておいたはずなのですが」

「うっせ。ほかに引き出しがないんでね」

 小言を避けるようにゼーニッツは窓辺へ立った。

 ゼーニッツ皇太子の母である皇后は全く陰謀を企てるような人物ではないし、そもそもゼーニッツを嫌ってなどいなかった。ありもしない皇后の二心を吹き込んで皇太子として弱みを見せ、つけこもうとした相手に逆に皇后への不敬の罪を被せるのは、彼が政敵を陥れるときに使う手だ。

 真実の親子関係は、もう少し複雑だ。

「気にいらねえ」

 つまらなそうに吐き捨てる。

 シーノンの看護によって生きる病弱なリュクルスに、ゼーニッツが複雑な感情を持つのには、当然といえる理由がある。

 ゼーニッツは明らかな敵対心の表情を、窓の外へ向けていた。

 そのゼーニッツの顔付きが瞬時にして変わる。

「おい、待てよ……」

 コリントはゼーニッツが驚愕しながら釘付けられている窓の外を見た。そして怪訝に首をかしげた。その窓からは遠景にルクス屋敷の側面と横庭が捉えられる。コリントの家はやや奥まって建っているから、玄関は見えない。しかし出入りする客はこちらを向いて歩いてくるので、見分けもつく。いま、軽やかな足取りでアプローチを辿るのは、セデリィカだ。リュクルスの恋人で、隣家のマルロー博士の娘――。

「あの女……ッ!」

 目を剥いてゼーニッツが歯噛みする。

 やがてその表情は会心の笑みへと変化してゆく。

 コリントはそれを眺めていっそう訝りを深くする。

「彼女がどうか――」

「ぬるい遊びの時間はなかったぜコリント先生よ。あのアマ、こっちの獲物にこそこそちょっかい出してきやがるとはな……!」


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