きぼうのつばさ 2
はじまりの記憶は満天の星空だ。夜の帳にちりばめられた星々が、甘い香りを放ちながらシーノンを見つめていた。その日その時の星々の配置が特別な意味を持つことを、彼女はまだ知らなかった。
知らなかった。その日その時、同じ配置の星空の元で、もう一つの存在が《一極》より授けられていたことを。
シーノンは星々にむかって溜息をこぼした。
次に瞳を瞬いたとき、その声を聞いた。
かそけき泣き声を。
生まれたばかりの赤子が世界のどこかで泣いている。
弱々しく、物悲しく。
シーノンはゆりかごの中から、遠く遥かな泣き声の主に話しかけた。
その口からは言葉にならない赤ん坊のきゃあきゃあとした声が出ただけだったが。
――あなた、どうしたの?
嘆くように啼くその子から返事は返らない。
泣き声はだんだんと小さく、間遠くなった。
やがて何も聞こえなくなる。
――あなた、死んでしまうの?
声にならない肯定が返った。
その子の運命をシーノンも魂で感じている。
――そんなのおかしい。生まれたばかりで、死んでしまうなんて。
仕方がないんだ。
その存在が魂から答えた。
僕が弱いから、はじまりが終わりなんだ。
――違うよ、だめだよ。だめだよ。せっかく一緒に生まれてきたのに。
一緒に生きることはできないね。
――できるよ。絶対できるよ。絶対……!
シーノンはとても悔しかった。
生きることは不可能を知ることだとは、まだ知らない無垢な魂だった。
――あげるよ! わたしのいのち、はんぶん分けてあげるから! だから一緒に生きようよ!!
それは無理だよ。絶対。簡単に言ったらいけないよ、すぐ嘘になることは。
――無理じゃないよ。嘘じゃないんだから! あなたは絶対、終わらないの。わたしと一緒にちゃんと始まるの! 《光ノ翼》は嘘をつかないのよ!
純粋で、加減を知らない、シーノンの初めての感情が、爆発した。
灼熱のかたまりを魂が放出した。弧を描き、それは星空を渡った。そのあとで襲ってきた喪失感の大きさ、そして衝撃。悪寒に震えながらシーノンは涙を流した。今度はシーノンが泣く番だった。手放したそれが果たしていた役割は大きくて、シーノンの身体は急激に変容をはじめていた。
――つばさ……つばさが!
剥がれ落ちてしまった。
――待って! つばさ! わたしのつばさ!!
ゆりかごは、もみじのような小さな手を伸ばすシーノンを無情に放り出した。
今まで心地よかったその空間が、とてつもない眩しさでシーノンの瞳を灼く。
押し潰されるような圧迫感が赤ん坊の息を奪った。
空間の底が割れて、シーノンは落下していく。
飛べるはずの翼は剥がれてどこかへ消えてしまった。
シーノンは落ちていくだけだ。
翼なき者たちのために作られた、大地へ。
狭苦しく薄汚れた、争いだらけの地上へと。
落ちながら、遠ざかる意識のなかから見上げた空。
星々は輝かしく二つの魂の誕生を祝福していた。




