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覚醒する翼 4

「今ごろは、各地要衝において戦端がひらかれているだろう。ガラドナ、ハンザト、サァラサルにおいて」

 氷鉄姫はゼーニッツの配置した侵攻箇所をすべて言い当てた。

 つまり、ペンツェラルゼ軍が国境を越えて侵入した先に、ラファタル軍は用意を万全に待ち構えているということだ。

「上等じゃねーか」

 細めた瞳に称賛にも近しい光を込め、ゼーニッツは足元の小石を蹴り払う。「ますますもってアンタの首級が大事だな」

「ときに、ゼーニッツ。ペンツェラルゼはなにゆえ、ラファタルの領土に執着をする? 勢力圏を食わせるためには、充分な穀倉地帯もすでに持っているであろう」

 小休止の距離をとり、サランファータが問いかける。

 青白い化粧を施したサランファータの顔に非難の色はうかがえない。単に純粋な好奇心が問いの裏側にはある。

「ふざけた質問だぜ。野心はそっちの専売特許だろうが」

 磨きあげられた鋼の剣を閃かせ、ゼーニッツは言葉に凄みを込めた。

「気ぃ抜いた所からうろちょろと欲出しやがってうぜえ。俺の国をお前らラファタルの好きには絶対にさせねえ」

 青い唇で氷鉄姫は得たりと笑う。

「全く同じことを妾も思っているよ」

 ゼーニッツは胡乱そうに首を反らした。

「何が言いたい?」

「現状はいかにも不合理だと、言いたいね。非効率でもあるな」

「だったら剣を収めるか?」

「してみてもいい」

 サランファータがあっさりと剣を放った。

 剣は弧をえがき回転して地面に突き刺さる。

「おいやめろよ」

 失笑してゼーニッツが距離をつめる。

 瞬く間に彼の剣先がサランファータの顎下をとらえた。

「調子狂うだろ」

「まあ、そういうことだ。人は簡単に疑いを捨てられぬ。背負うものが大きければ大きいほどな」

「《光ノ翼》みたいな硬い説教してんじゃねーぞ」

 透けるような白い喉元を剣先がつつく。「道徳家を気取るなら体中に隠してる得物を出してからだろ」

 高地の日差しに氷の微笑を晒しながらサランファータは答える。

「そなたのその賢さを見込んで頼みがあるのだよ。妾がここへ赴いた目的だ」

「あー?」

「やるせないと思うだろう? 我らの青春は、いつ敵が攻めてくるか、弱腰と国民が騒がぬか、心を配るばかりの徒労の日々だ。妾はもっと建設的な事業を成したいのだよ。だがペンツェラルゼの脅威がある限り、いつまでも狭い大陸の狭い競争に閉じ込められるだけなのだ。妾はこう言いにきたのだ。妾の夢は異人の国への到達だ。くだらぬ邪推合戦をこじらせて妾の邪魔をするのはよしてほしい」

「だー?」

「新しい船をつくったのだ」

 得意満面に氷鉄姫。

「新しい船?」

「半世界を飛び出す新造船だよ。異人が乗ってくる船の高度な航行技術は長らく解析すら寄せ付けぬが、中枢機関はともかく、ガワの構造強度ぐらいは真似できぬものではなかったよ」

「《完全世界》はまだ開かれてねーぞ。何を寝ぼけてんだ?」

「もうすぐ開くさ。もうすぐ。今すぐにでもな」

 サランファータは確信を込め、海につながっているような青色をしたゼーニッツの瞳を見つめ返した。 

 ゼーニッツは両瞳のなかで訝しみを深めた。しかし剣先は引いて、サランファータの腕を素手で捻りあげた。

「滅びの翼に、何させる気だ?」

「予言を曲解するな。滅びと再生の翼だ」

「あいつが?」

「あの予言はな、かつて果たされることのなかった二つの想いを、来たるべき新しい未来に託した賭けの歌なのだ。妾の導き手は当事者であるゆえに、情報はより妾のほうが正確だよ。《光ノ翼》の王は、娘を誤らせた《闇ノ翼》の王への複雑な思いから、我関せずを決め込んでいるようだね」

「さっぱり話がわからねえ」

 揺らがぬ氷鉄姫の瞳の前で、ゼーニッツは口の端をつりあげた。

 海の瞳に鉄の瞳から散った火花が落ちて、蒸気が立ちのぼるような、気迫のぶつかりあい。

「――だが、つまらなくはねえな」

 拘束していた腕を突き放す。

「特にサシで話にくる根性はな」

「そなた、構われることが好きだろう? 母君に構ってもらえず育ったゆえに」

 途端に虚を突かれた表情でゼーニッツが固まった。

「は? 誰が」

 徐々にゼーニッツは端正な顔全体を歪めていき、平静の仮面を取り落とした。

「いつどこで何時」

「情報ならばたんまり仕入れてあるんだよ」

 その精緻な情報網で政敵を震えあがらせる豪胆な切れ者、氷鉄姫サランファータが、網に捕らえたゼーニッツを見上げて快活に笑った。


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