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覚醒する翼 2

「ザマはないわね、このブス!」

 不完全な《光ノ翼》の娘はうなだれる首を震わせた。闖入者の罵声に反応して。

 白亜の壁には釘が打ちこまれ、銀鎖が左手首と右手首を捕らえていた。

 膝をつくかたちでシーノンは吊るされている。

 憔悴のおもては白銀の髪に隠されていたが、荒い呼吸に消耗のひどさが知れる。

 そろいぶみした六人の姉たちは、末妹の哀れな姿をみて一様に眉根を寄せた。

「どうしてアンタはそんなにバカなの!」


「……ば……か……?」


 掠れきった声が怪訝そうに発せられる。

「大バカ者よ、ねえ、お姉様?」

 振り返った五女の後ろで、優雅に腕を組むヴーリエンが切れ長の瞳を閉じて頷いた。

「そうね」

 輝かしい容貌を誇る長姉は何事かを思いあぐむ面持ちとなり、呟いた。

「本当に、呆れるほどに」

 シーノンが上目を向けながら身じろぐ。


「……憐憫をくれにきたんですか……」


「誰がアンタなんか憐れんでやるかってのよ! この裏切りもの!」


「裏切ってなんかないですよ……いつ私のことを信じてくれたんですか……」


 苦しげな息の漏れる唇の端で、シーノンは虚ろな笑みをかいまみせた。

「だって、だってアンタはブスだけど、そんなにブスでも一応はあたしたちの――っ」

 最右翼の六女は翼人の美貌にきらきらした涙を流す。


「私は《光ノ翼》なんかじゃないですよ……」


「バカっ。バカバカバカ!」

 左翼の五女の地団駄で銀鎖が揺れた。

「わからずや! 早く楽になりなさいよ! 自分のもの(・・・・・)を取り戻せばいいだけじゃないのよ!」

「あんなひ弱な御曹司なんかに」

「大事な命を」

「貸してやってしまうなんて」

 三つ子の姉たちが呆れ顔を揃えた。

 朦朧とした意識の下からシーノンは頭の中にひとつだけ浮かぶ言葉を絞りだす。


「私は……《光ノ翼》なんかじゃない……《闇ノ翼》でもない……」


 ねじれた肩の痛みを忘れ、かぶりを振りながら、喉の奥から低く、絞りだす。


「争い合うひとたちとは違うんですよ……リュクルスさまが教えてくれたんですから……そういう愚かさを、あの人は許せないんですから……」


 菫色の瞳が前を向く。


「私はただの……、ただの、リュクルス様の家政婦なんですよ……!」


 強固な意志をみせる瞳の色に、姉たちはひととき怯んだ。

 しかしシーノンは消耗しすぎていた。姉たちに何を言ってもしょうがないという思いもあっただろう。確かに《光ノ翼》の戦姉妹たちには、シーノンの価値観は簡単には伝わらなかったし、べつに姉たちを説得する必要もない。

 ここから逃がれるつもりはない。

「愚かってなによ! ネクラなあいつら《闇ノ翼》の陰湿なやり口に世界を任せろって言うの? そんな不幸な世界をあんたは許せるの?!」


「……《闇ノ翼》がネクラで陰湿だったら、あなたたちは無神経なガキ大将ですよ」


「「「何ですって」」」


 次女から六女が一斉に声をそろえた。


「「「聞き捨てならない!」」」


「《光ノ翼》だけが正しいわけじゃないですよ。だってあなたたちは、何の罪もないリュクルス様を毎晩毎晩しつこく襲いにきた。一方的な理由で殺しにきたじゃないですか。リュクルス様がどんな人間か知ろうともしないで、話し合おうともしないで。同じようなものですよ、《光ノ翼》も《闇ノ翼》も。一生かけて無駄なケンカをしてたらいいですよ。でも、絶対に、リュクルス様をくだらない争いに巻き込ませない……絶対に、あの人を傷つけることは許さない。ずっとリュクルス様は痛くて苦しい思いばかりしてきたんだから。それなのにリュクルス様は、自分が痛くて苦しいときに私の嘘にも笑ってくれる優しい人なんだから」


 ヴーリエンの瞑目がふと、解かれる――。

「お姉様! この子ほんとにむかつくわ?! ひっぱたいてやろうよ!!」

「今日の用はそれじゃないわ」

 (ヒール)の音を白亜の床に響かせて、ヴーリエンが捕らわれのシーノンの元に近づいた。

 優美な指先で、金鎖のペンダントが振り子のように揺れる。

 おおぶりなアメジストのペンダント。

 ヴーリエンはそれを、うなだれるシーノンの首にかけてやった。

「お兄様が、渡しておいてくれとおっしゃった」

 シーノンが疑問の目をして頭をあげる。

 ヴーリエンは、ともに語らい育つことのなかった末妹に初めて情をかよわせる穏やかな眼差しを、落とした。

「わたくしにも守りたい者が、絶対に生かしたい存在がいるわ」

 そう言って、同じ光輝をもつシーノンの髪のつむじに手をふれた。

「ちょっと、お姉様?!」

「ためにならなくってよ、お姉様!」

「いま見捨てたらその子は永遠にあっち側に行ってしまうわ、お姉様……!」

「バカはしばかなきゃ直らないよ!」

「ブスだから根性もブスなんだ! あたしが戦装束の着方ってものを教えてやりたいのに……!」

 動揺の叫びを口々にする妹たちを、ヴーリエンが制するように振り返る。

 溜息するように苦笑を見せた。

 苦笑すらもあでやかに――。

「わたくしたちは、束でかかっても一度もこの子に勝てなかったじゃないの」

 ぐうの音も出せずに妹たちが黙り込んだ。

 悔しげな表情は、同胞としてのものだ。彼女たちはシーノンに対して、敵意を持って戦いを挑んできたのではない。何も知らず闇にくみする妹の目を覚まさせたい思いで、もどかしくシーノンに感情をぶつけてきた。真実を暴きたてることは、ヴーリエンによって禁じられていた。

 不憫な妹を倒してでも、《闇ノ翼》の御曹司は排除しておくべき存在だった。

 予言に伝えられる滅びの翼……。

「《光矢ノ乙女》の加護を」

 シーノンの額に《光ノ翼》の唇がやさしく落ちた。

 その息吹は、重苦しい疲労に苛まれるシーノンの身体にわずかな安らぎを与えた。

 意固地な戦いをつづける扱いきれない末妹を残して、姉たちはその場を去った。


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