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なんかヤバい感じに……なってきちゃった!

警察に連絡しなくては……。

目の前の死体から目を離すことなく、俺はポケットをまさぐった。

無い。

楽屋にケータイを置いてきたことをふと思い出す。

俺は額からあふれ出る汗を拭いながら、楽屋前の廊下につながる裏口の扉を開いた。

少し歩き、楽屋の扉のドアノブを握ったとき、俺は異変に気づいた。

――音が聴こえない。

演奏しているはずのバンドの音も観客の声も、なにもかもが聴こえない。

ゆっくりとドアノブから手を離し、裏口とは反対側のステージへ続く扉へ足を傾ける。

警察に連絡するのが先だろうか?

それとも、ステージがどうなっているのか確認するのが先だろうか?

歩いている間にそんな疑問が脳裏を掠めていく。

いつのまにか目の前にあった扉の前で俺は深呼吸をして、ドアノブを捻った。


  「な……」


言葉にならない声が喉を通り過ぎていく。

最初に俺の目に飛び込んできたのは、おぞましいほど大量の赤と黒だった。

――血だ。

そしてよく見ると、その中に白やベージュが見える。

――肌だ。

――骨だ。

俺の脳が視界の情報を分かりやすく、整理している。

そしてステージを見上げた。

魔女がこちらをみている。


  「歌った、ごめんなさい」


その言葉の意味は俺にはよく分からなかったが、畏怖の感情は確かに胸の内にあった。

杖を持った魔女がステージを降りて、近づいてくる。


  「ごめんなさい」


あどけない言い方で、繰り返される言葉は俺の耳には届かない。


  「……来るなっ!」


彼女の身体がビクッと反応して、足が止まる。

俺は魔女を迂回するようにして、ステージに上がってメンバーを確認する。

最初に床に倒れている西寺を見つけた。


  「おい!」


呼びかける。

サックスに押しつぶされている西寺の眉が動いた。


  「西寺! 大丈夫か」


頬をぺちぺちと叩く。


  「ん、んん……あいたたた、なんや、マネージャーはんかいな」


素っ頓狂な声を出しながら起き上がる西寺。


  「いや~まいったわ、急に眠なってもうて」


  「西寺、俺のうしろ……みてみろ」


  「は? うしろ?」


西寺が立ち上がり、客席を見下す。

その顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。


  「な、なんやこれ……どないなっとんねん……わっ!」


後ずさりをして、ドラムセットにぶつかって倒れる西寺。


  「あいたたた」


俺は西寺の痛がる声を聞きながら、辺りを見回した。

いない。

他の三人のメンバーがいない。


  「どこいったんだ」


俺はもう一度客席を見た。

目を背けたくなるような光景が広がっていた。

そこに生きている人間はいない。


  「ごめんなさい、歌った」


魔女が客席の隅の方で、そう呟きながら俺を見つめているだけだった。

俺は饐えた匂いに吐き気を催しながら、楽屋へ続く通路へ向かった。


  「あ、ちょ、ちょっと待ってえな!」


後ろから聞こえる声を無視して扉を開ける。

そして、そのまま楽屋に入りケータイを手に取る。


  「あ、そや、警察や! 連絡や!」


  「分かってるって」


まるで世紀の大発見をしたかのような声でまくしたてる西寺の声に少しだけ苛ついた。

ケータイの番号を押しているときに、俺はそれが不可能なことに気づいた。

青ざめる俺の顔を、不思議そうな顔で見つめる西寺。


  「どうしたんや? は、はよ! なんでかけへんねん」


  「無理だ」


  「無理ってそないなことあるわけないやろ」


俺は恐怖でおかしくなってしまったのか、微笑を浮かべながら言う西寺にケータイを突きつけた。

ディスプレイの右端に圏外と表示されたケータイを。


  「壊れとるんちゃうか?」


焦ったような表情になり、ケータイを俺につき返す西寺。


  「新型だぞ」


  「ほ、ほなら、わいのケータイで……」


楽屋の隅っこに置いてある自分のバッグからケータイを取り出す西寺。

その顔に絶望の色が宿るのに、数秒もかからなかった。


  「……あかん、まきがいや」


  「まきがい?」


  「そや、まきがい」


  「けんがい、のことか?」


  「……」


  「もしかして、ずっとまきがいって呼んでたのか?」


  「ジョークに決まってるやんか……そんなことより、警察に連絡せんと」


もし本当にジョークだったとしたら、こいつの神経を疑う……と俺は思った。

そのとき、楽屋の電灯がちらちらと明滅を繰り返し始めた。


  「な、なんや」


光の点る感覚が短くなっていき、いつの間にか辺りは暗闇に包まれてしまった。

しかも、この部屋には窓が無いせいで、月の明かりさえ入ってこない。


  「ちょ、ほんまにドッキリやったとしても、やりすぎやで」


誰がが仕掛けたドッキリだとしたら、悪趣味にもほどがある。


  「いたっ! だ、だれや……脛蹴ったの!」


二人しかいない状況では愚問にもほどがあると思ったが、俺は素直に謝ることにした。


  「ごめん」


  「マネージャーはんかいな、まったく、気ぃ付けや」


俺は手探りで机に置いたケータイを探し、ディスプレイの明かりをもとに通路へ出て、裏口まで歩いた。


  「あ、ちょ、ま、待ってえな」


西寺の弱々しい声を引き連れて。

外は月明りで室内より幾分か明るかった。

そのせいでさっきの男の死体が余計に明確に視界に飛び込んできた。


  「マネージャはん、こ、これ」


  「死体だ、俺の目の前で石を頭にぶつけて……」


  「も、もうええ! もうええわ」


  「……それにしても、いったいなにが起きてるんだろうな」


  「こっちがききたいくらいやで、ほんまに」


俺と西寺は、できるだけ男の死体から離れた位置を通って大きな道路へ続く小道を歩いた。


  「……」


道路を見た瞬間、俺と西寺は息を飲んで呆然と立ち尽くした。

いつも明々と灯る店の明かりや信号、そして車のランプはすべて消え、路上に人々が倒れていた。

その誰もが致命傷ともいえる傷を負い、死んでいる。

信号機にロープをかけ、首を吊っているもの。

ナイフで心臓を貫いているもの。

ビニール袋を頭から被って倒れているもの。

お店の割れたガラスで手首を切っているもの。

マンホールから足だけを出したまま動かないもの。

地獄でももっとマシな光景だろうと……俺は思った。


  「なんや、あれ」


西寺が数十メートル先の暗がりに浮かぶ何かを指さした。

異常な状況で、更に際立った異常なものが目に飛び込んできた。


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