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演奏開始したけど……今朝食べたスクランブルエッグみたいだね!

声が聞こえる。


  「ぬぅ、おい、起きろ」


凄い力で肩を揺さぶられている。

ゆっくりと瞼を持ち上げる。

目の前にいたのは、ベース担当の黒角だった。


  「ふん、起きたか……」


黒角はそれだけ言い残して、さっさと控室に戻っていった。

俺は頭の痺れのようなものを感じながら立ち上がり、控室への扉を開けた。


  「なんや、えらい遅かったな」


室内に入ってすぐに西寺の関西弁が俺の耳に飛び込んできた。

どうやら黒角は俺が倒れていたことを皆には話していないらしい。

俺は何も言わずに、そのまま椅子についた。


  「暇っすね~」


ギター担当の飯島が呟く。

そして、ポケットからケータイを取り出し画面を指でタッチし始めた。

恐らく飯島が最近ハマっているオジン&オカンというゲームだろう。

オジオカという愛称で若いものたちの間で人気らしい。


  「また、それかいな」


  「いやいや、面白いんすよ、コレ! 西寺さんもハマると思うっス」


  「いや、わいは競馬の中継聞いとるほうが楽しいんや」


そんな会話を聞きながら、俺は中央に座っているユキと名乗る女性を見た。

ほけ~とした顔で俺を見ている。


  「なんだよ」


目をそらすユキ。

……いつまでここにいる気だろうか。

俺の頭の中はこいつを追い出すことでいっぱいだった。


  「ちょっとテレビみてもいいですか?」


ドラム担当が重たそうな眼鏡をくいっと上げて言う。


  「別にかまへんで」


西寺が俺と黒角と飯島の返事をまとめてしてくれた。

チノパンのポケットからケータイを取り出すドラム担当。

いまや、なんでもかんでもケータイで出来る時代だ。

すごい時代になったと身に染みて感じた。

すこし経って、ケータイからニュースの音が聴こえてきた。


  「続いてのニュースです。

   明日未明に地球に最接近する小惑星スオーニですが――」


  「ふん、またそのニュースか……」


  「地球に墜落する恐れは無いという見解をアメリカ航空宇宙局が――」


連日報道されていた小惑星騒動にも決着がついたようだ。

俺は視線をケータイから机の上に移した。

何もない白い机を眺める。

その間にも俺の耳には謎の違和感があった。

耳に何かが詰まっているような、圧迫されているような違和感。


  「そろそろ本番です」


イベントスタッフの声でハッと我に返る。

各々が気怠そうな声を出して、楽器を手に取り楽屋から出ていく。

その中にユキがいるのを見つけた。


  「おい、なにしてんだ」


  「歌う」


  「ダメだって言っただろ」


  「ゆういちと約束、歌う」


俺は扉を開けて、イベントスタッフを呼んだ。


  「あの、すみません。この人がステージに上がってこないように

   見張っててもらえますか?」


  「え、いや、そんなこといわれましても……僕にも仕事がありますし」


俺は聴こえないように軽く舌打ちをして、言った。


  「私たちがステージに上がっている間だけでいいですから、ね?」


  「ええと、そうはいいましても……」


埒が明かない。

俺は財布から大きいお札を一枚取り出し、彼の手に握らせた。


  「お願いします、ね?」


  「え~と、しょうがないですね」


やっぱり困ったときはこれが一番よく効く。


  「では、お手数ですが任せましたよ」


にこやかな笑顔を振りまきながら、俺は控室を出た。

ステージの袖から客席の方を窺う。

客入りはまあ悪くない、満員まではいかないがそこそこ集まっているらしい。

主催側が対バン相手だから、俺たちはアウェイの身だ。

相手のファンをどれだけ、こちらにつけることができるかが大事になってくる。

つまり、ファンを奪わなければならないのだ。


  「え~、えらいみなさん! きょ、今日はありがとうございます」


西寺のMCが始まる。

ライブの良し悪しはこのMCにかかっていると言っても過言ではない。


  「え~、な、なんやったかいな。

   おもろい話言おうとしとったんやけど、忘れてもうたわ、ははは」


  「……」


最悪だ。

ちらりと西寺がこちらを見る。

俺が「切り上げて曲に入れ」と口パクで伝えると西寺はこくりと頷いた。


  「ほんなら、まあ曲やりますわ! ぴゃははは」


それぞれが音を出す。

楽器のコンディションも本人達のコンディションも悪くはない。

いい演奏ができるはずだ。

ここで挽回できないと、イベント側から声がかからなくなってしまう。

そうなれば、ただでさえ売れないバンドは解散を余儀なくされてしまう。

そして、俺はその責任を取らされて減給、下手をすれば解雇の恐れすらある。

それだけは避けたい。

バンドのためではなく、俺自身のために……だ。


  「1、2、3、4」


カウントが始まる。

軽妙なドラムの音が鳴る。

ドラムのバスに合わせて、一定の間隔でベースが絡んでいく。

下地は完璧だ。

そこにギターがカッティングをところどころで挟みながら、リズムに奥行を持たせている。

そこにサックスが……鳴った。

妙に音がこもっている。しかも、音量が小さい。

サックスのベルに何かが詰まっているような音だ。

サックスが傾いたとき、ちらりとベルの奥に楽器用のクロスが詰まっているのが見えた。


  「なにやってんだよ、あいつは」


当の本人は気にもしない様子で、演奏を続けている。

確かに普通の人なら気づかないような音質の違いではある。

ただ、その微妙な違いが聴き手に感動を与えられるかどうか重要な部分でもあるのだ。

――と、やきもきしているときにもう一つ音の異変に気が付いた。

ベンっと弦が切れる音がしたのだ。

これはだれでも分かるような大きな音だった。

ギターかと思い、飯島をみるが特に慌てた様子はない。

黒角を見る。


  「弦が切れてるー!」


思わず、大声が出てしまった。

ベースの命ともいえる一番太い弦が切れている。

しかも、黒角曰く「ふん、おれは代替品なぞいらん」ということで

スペアなんか持ってきていない。


  「なんてこった」


そう呟いたとき、ギターの音が止んだ。

飯島が黒角に話しかけている。

その口の動きからして、へらへらと笑いながら「大丈夫っすか」とでも言っているらしい。


  「お前は演奏を続けろよ!」


また大声がでてしまった。

とにかくなんとかしないと……そう思っていた時、足元にスティックが飛んできた。


  「ん?」


ドラム担当の方をみるとばつの悪そうな顔を浮かべて、眼鏡をくいっと上げている。

ドラムスティックが飛んでいくことはよくあることだ。

だったら、替えのスティックを使えばいい。

替えのスティックホルダーがスタンドについているはずだ。


  「ついてないーっ!!」


こいつら、なにしてんだよ。

もうめちゃくちゃだ。

そう思っていた時、肩にポンポンと重みを感じた。

振り向く。

俺は一瞬、自分の目を疑った。

ユキが微笑みながら立っていた。


  「歌いたい」


俺は咄嗟に客のうしろにあるミキサーの方を見た。

金を渡したイベントスタッフが年配のイベントスタッフに頭を下げていた。


  「なにしてんだーっ!!」


もうめちゃくちゃだ。

今朝食べたスクランブルエッグよりもぐちゃぐちゃでめちゃくちゃだ。

俺はゆっくりとユキの顔を見上げた。


  「……歌ってみるか?」


  「うん!」


彼女が柔らかい笑顔をこちらに向けて、とびきりの笑顔で微笑んだ。

果たして、どうなることやら。

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