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楽屋にて……ぎくしゃくしちゃうんです!

楽屋の空気は重い。

本番前だというのに、沈んだ空気が漂っている。

それもこれも俺のせいであることは間違いない。


  「なあ、もうええんちゃうか? 許したりぃな」


俺は声の主をキッと睨みつけた。


  「そないに、睨まんでも……」


  「西寺、とりあえず上を着ろよ」


  「あ、えらいすんまへん」


縮こまる西寺。

楽屋で服を脱ぐ癖は何度注意しても直らない。


  「ま~た脱いでんすかぁ? それもう病気っすよ」


  「なんでやろなぁ……楽屋入ると脱ぎとうなんねん」


くだらない会話が場の緊張を幾分か和らげた。

だが、俺にはそれ以上に気にかかることがあった。


  「おい」


謎の女は、楽屋の椅子に腰をかけたまま俺を見ている。

その目は不思議そうに俺を見ていた。


  「お前、誰だ、なんでゆういちって名前を知ってる」


  「あたし……ユキ、あなた、ゆういち」


  「俺は祐二だ、雄一じゃない」


その瞬間、目を大きく見開いてユキと名乗った女が言った。


  「ゆういち、友達……あなた、ゆういちじゃない?」


なるほど、兄貴の友人か。

それがいったいどうして、こんなとこで……。


  「ふん、マネージャーよ、そんなことより……

   差し入れとかないのか」


黒角が口を挟む。


  「あるわけないじゃないっすか、マジ夢見ないでくださいよ」


俺の代わりにギター担当が答える。

その言い方に、毎回イラッとする。


  「そや、姉ちゃん、職業は?」


西寺がユキに問いかける。

確かに気になるところではあると俺は思った。

その黒く長いローブという異質な風貌から占い師かなにかだとは思うが。


  「……職業?」


ユキは考え込むようにして、部屋の電灯を見上げた。

そして少し間を置いて、思い出したように言った。


  「魔女」


魔女……聞き間違いだろう。そうに違いない。


  「ぴゃははははは! あかん、こりゃ傑作やで!

   おいみんな聞いてたか? 魔女やって! ぴゃははは」


どうやら、西寺の耳にも魔女、と聞こえたらしい。

独特の笑い声が小さな控室に響き渡る。

ちなみに笑っているのは西寺だけだ。


  「おもろいなぁ、あんた!」


どうやらツボに入ったようだ。

その笑い声はとどまることを知らない。


  「意味が分からない」


俺はぼそりと呟いた。

ただでさえ、意味のわからないメンバーをマネジメントしているのに

こんな妙な奴につきまとわれたら俺のマネージャー人生はおしまいだ。


  「じゃあ、もうそれでいいから、帰ってくれるか?」


俺は諦めたような口調でユキにそう言った。


  「歌いたい」


  「無理だ」


  「歌いたい」


  「帰れ」


  「歌いたい」


  「警察よぶぞ」


一向に引き下がる気配のない様子のユキ。

しかし、俺もマネージャーとして引き下がるわけにはいかない。


  「ふん、一度歌わせてやれ」


黒角が自分で持ってきたバナナをかじりながら言った。


  「無理だ、あとあと面倒になるのは避けたいからな」


  「ふん、しかし、筋はよかったぞ」


  「そういう問題じゃない」


  「ふん」


鼻を鳴らしながら、バナナを食べ始める黒角。

会話は終わったらしい。


  「あの、僕にいい案があるです、はい」


  「なんや、お前、おったんかいな」


  「失敬ですね、さっきから西寺さんの目の前にいましたよ」


  「そか、すまんすまん。……で、案ってなんや?」


眼鏡のつるを持ち上げながら利口そうな口調で言った。


  「ずばし、お客さんに問うです! はい」


ずばし、の意味はよく分からないが言いたいことは伝わった。


  「お客さんに聞くのか?」


  「ずばし、そうです! 僕らの演奏を聴いて

   物足りない人がひとりでもいたら、歌ってもらいましょう」


  「……」


俺は考えた。

ひとりでも多くの人に音楽を楽しんでもらいたい。

そう思ってこの業界に入ったときのことを思い返していた。

――青臭い考え方だ。


  「だめだ」


  「そう、ですか。いい案だと思ったんですけどね」


肩を落とし、落ち込む姿に少しだけ心が痛んだ。


  「ゆういち、歌聴きたがってる」


不意に発せられたその言葉に、俺の中で何か黒いものが弾けた。

がたりとパイプ椅子が転がる音が聞こえる。

その音は中低域が強調されていて、ラジオで聞くようなこもった音だった。

したがって、大声でなにかを喚く誰かの声は俺の耳には届かなかった。

その声が聴こえるようになったのは、俺の掌が彼女の胸倉を掴んで数秒後だった。


  「な、なにしてんすか! マジで! びっくりしたぁ」


  「大丈夫か? 姉ちゃん、怪我あらへんか?」


俺は咄嗟に握っていた掌を離した。

ユキの顔は怖がっているというよりは、不思議そうな顔をしていた。


  「ゆういち」


  「祐二だ、雄一じゃない」


また空気が重くなっていく。

俺は出口へ向かった。


  「あ、マネージャーはん!」


  「……トイレ」


そう呟いて、ドアノブを捻る。

俺は通路の壁にもたれかかった。


  「魔女」


呟いた途端、耳鳴りがしはじめた。

ピーンという張りつめた音だ。

音が大きくなっていく。

いや、もはや音と呼べるレベルではない。

脳に直接訴えかけてくるかのような気持ちよい振動だ。

俺はゆっくりと目を閉じた。


  「お兄ちゃん!」


こどものころの俺と兄貴が映っている。

ふたりとも無邪気に笑っている。


  「祐二、早く来いよ!」


  「うん!」


兄貴の手には、こどもの手には余る大きさのレコード盤が。

そして、俺の手には血にまみれたナイフが握られていた。

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