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sugar&salt  作者: 櫻井ミヲ
《   2章   》
5/30

◆ 年…離れていたよね? ◆

僕は、なにくわぬ顔つきで部屋の中を見渡す。

何度も見て知っている部屋だけに、何かを確認しようなどと思ってはいない。

視界には光の帯の様に、流れる部屋の明りだけが写る。とにかくこの動揺を静めたいのだ。


多分、誰にも聞こえてはいないのだろうが、速まる自分の鼓動の音が、周りに聞こえるのではないかと思うくらい力強く耳に残る。




(落ち着け…)




自分に言い聞かせるなんて、小学校の研究発表会以来だろう。僕はゆっくりと呼吸を整える…


僕の心の中に沸きつつある、小さな嫉妬を隠す為に冷静さを装い、引きつっているであろう笑顔で訪ねてみる。それが、例え吹き出しそうな面構えでも演じている自分を客観的に見る余裕などない。



「ねぇ、もしかして准の彼女っていうか…恋人だとか?」



「……… 」




「………?」




少しの沈黙をおいて彼女と准が顔を見合せて笑った。



「俺は恋人でも良いんだけどね~ナオさんに怒られちゃうよね~」と、准は少し照れたように言う。




「また~おバカなコトばっかり言うんだから」




彼女は楽しそうに話す。




「ナオさんは姉チャンの友達だよ」





「え?…そうなんだ」




僕の顔からから安堵の表情が湧き出ていたのだろう。准はその表情を見逃さなかった。

どうやら僕は、『わ・か・り・や・す・い』らしい…




「あれ~?なんだか、いつものカケルじゃないなあ~ もしかして、ナオさんに一目惚れ?なーんてあり得ないか」




そして、准の観察力は鋭い。

僕の口端は間違いなく、ひきつっている。




「准くん。カケルくんをいじめちゃダメよ。こんなオバサンにありえないでしょ。」




「ナオさん、何言ってるの?俺はマジ有りだよ。姉チャンと同級生なんて有り得ないからね!」




少しだけ強い口調で、ハッキリと准は彼女の言葉を否定した。

准の姉チャンと、どうきゅうせい?同級生…?




「え!?准の姉チャンて年離れてたよね?」




確か年が離れすぎていて、喧嘩をしても相手にされない…なんて話を聞いた事がある。




「ん~たしか17?18コだっけ…あれ?いくつだ?」




准の目が左上に踊る。

『人が左上を見る時は、過去の記憶を思い出している時』なんてやっていたのは何かのTVでは、なかったか…


バタンッ!


その時、開いた玄関のドアが勢いよく閉まる音が響いた。




「47よ。心は永遠のハタチだけどね」




そこには、息を弾ませた女性が笑顔で立っている。見覚えのあるその派手な出で立ちは、紛れもなく准の姉チャンだった。











「おかえり~ 姉チャン、頼んだもの買ってきてくれた?」



いきなりの登場に、然程驚く様子も無く准が聞く。

姉ちゃんの登場はいつも、こんな感じだからだ。

一度なんか、着替え中に突然現れて全裸を披露したこともあるくらいだ。

その時の准の屈辱に満ちた顔を忘れることはない。


ちなみに、准の姉ちゃんは、看護師である。

私服が派手な看護師として、病棟ではちょっとした有名人だと、聞いている。



准の言葉は、准の姉チャンの耳には入っていないらしくスーパーの袋だけを准に押しつけ、顔も見ずに彼の横を通り過ぎる。


准の姉ちゃんの目線は何かを探している。

嫌な予感が脳裏を過る。


僕を視界に捕らえると駆け寄り、力いっぱい抱きつき、洗いっぱなしの僕の髪をくしゃくしゃに撫でまわした。


元々、洗いっぱなしの僕の髪は半乾きで形が付きやすく目も鼻も口も全てがぐしゃぐしゃの髪で覆われた。


そして、まるで少女の様に高揚した弾んだ声が僕の耳に飛び込んでくる。




「キャー!!カケルくんっ!会いたかった!」




「あ…洋子さん御無沙汰しています」




洋子とは、准の姉ちゃんの名前である。

苦笑いしながら、洋子さんの手をほどき、少しでも髪の毛を落ち着かせようと手で頭を押さえる自分がいた。



学生の時から、この歓迎ぶりにはなかなか慣れない。




「なに照れてンのよ~」




払いのけた僕の手を、更に払いのけまたもギュッと抱きしめられる。洋子さんの胸が僕の溝おち辺りを圧迫する。女性の胸だが、僕にとっては胸であってバストじゃない。




「く…苦しいですから…洋子さん。ホントに苦しいですから」




ほどいた手を払い除けるが、とっさに抱きつくスピードは今も健在だ。




そう。

准の姉チャンにとって准と同様、僕も子供扱いなのだ。別に照れている訳ではない。


ただ、気恥ずかしいのだ。

母親に『いい子いい子』されている気分で、やっぱり苦手である。









ボカッ…

掌で軽く頭を突く音がした。




「痛い~っ!! 准たら、何すんのよ」




「姉チャン、毎回毎回いい加減にしろよ~!」



准の助け船がやって来た。准にとっては見慣れた風景である。初めて洋子さんに会ってから14年もの間、毎度の事なのだ。




(助かった…)



ようやく、キッチンに荷物を置きにいく姉ちゃんの後ろ姿を安堵の思いで見送る。

30サイのいいオトナ(オヤジ?)が人様に見られて嬉しい姿ではないのだから…



僕は、洋子さんのコトは好きである。

まるで、もう一人の弟の様に可愛がってくれた。

だから、矛盾しているのは解っているが…

今も変わらず歓迎してくれる事は嬉しいものである。




「カケルくん!相変わらずイケメンねぇ~

会えて嬉しいわっ!あたしが、カケルくんを呼んでって准に頼んだの!ねっねっ、どお?ナオ? 

カケルくんてイケメンでしょ?イケメンなだけじゃなくて性格も好くのよぉ~」




直ぐ様、リビングに戻り、ビールを一杯美味しそうに飲み干した洋子さんは、確かめるように彼女の顔を除きこんだ。

僕の視線に派手な笑顔が飛び込む。

准に似てる…。いつ見ても美人だ。




「相変わらず美人ですね」




「イヤねぇ~」




僕の言葉に洋子さんは、顔を赤く染めて目を細める。

そんな、可愛らしい一面と余りにもハイテンションな姿に、押され気味の彼女は苦笑いをしながらも、懐かしそうな目をして答える。




「ホントにねぇ~准くんといい、カケルくんといいイケメンに囲まれて幸せね~」




彼女は優しい視線を僕に向けた。




それは、僕の容姿を確認する訳ではなく…

洋子さんの発言に、戸惑っている訳でもなく




「ごめんね~ 彼女、悪気はないのよ。余程、嬉しかったのね」…と言っているかのように見えた。




彼女と、目があった瞬間…

あの時の、高揚感が甦ってくる。


ただ、あの時と違うのは『近距離で視線が交わっている』と言う事だった。



胸の奥がドキリ…とする。




(神様、ありがとうございます!)




普段は神様の存在を信じていない僕が、この日ほど、神様に感謝した事はないだろう。

人は、困った時と恋をしている時に神様を信じる弱い…

いや都合の良い生き物なのだ。


僕はこの溢れ出す喜びを、誰にも悟られぬよう密かに胸にしまう事に一心に神経を傾けている。

にも関わらず、堪えきれず満悦の笑みを湛えている自分が中学生の様でもどかしかった。






ああ…

僕はやっぱり恋に落ちている。

























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