◆ 僕は未来をみている ◆
12月24日
世間では恋人達のクリスマスイヴと呼び、ホテルやレストランは何ヵ月も前からの予約で一杯になる。
僕は…
と言えば、キャンセルちを何軒も巡り…
ラッキーな事にようやく一軒のレストランを抑える事が出来た。
実は、これには准が多大に貢献している。
このレストランのチーフシェフが友人だと言う事で、キャンセル待ちを都合してもらった…というのが本当のところである。
もちろん、彼女はレストランなんて望んでいる訳ではなく それが家でも、はたまたファミレスでも素直に喜んでくれるだろう。
これは、僕にとって考えられるサプライズの1つなのだ。
それは、25階の展望ラウンジにある高級フレンチレストランだった。
待ち合わせ時間の30分も前に店についた僕は、ガラス越しに見える宝石の様な夜景をぼんやりと眺めていた。
もちろん、下は見ないようにしながら…
ドレスコードは無いとは言え、ラフな格好はそぐわない。
悩んだ挙げ句、薄赤色の格子柄のクレリックシャツにタイ、限り無く黒に近い濃紺のスーツに革靴と、いつもと違う服装をした僕はガラスに映る自分をチェックしていた。
なかなかセンスの良い感じの服装には訳がある。
店頭で華々しく上品にコーディネートされた服を着こなしている物言わぬ『カレ』の服を纏めて購入したのだ。
なぜなら…僕は服のセンスに長けていないことを重々承知しているから…
そう…彼女に相応しい男であるように。
ポーン…
ベールで包んだような少し低めの優しい音が鳴った。
それは、エレベーターの到着を意味している。
間も無く無機質でシンプルなシルバーのエレベーターが開いた。
「カケルくん」
そこにいたのは、パッと顔を輝かせ小さく手を振る彼女だった。
黒と見間違う位のシックな濃紺のサテン地に花柄の形押しのある膝丈のワンピースに赤色の靴。
ドレスの色は黒とは違った趣で、彼女の白い肌をより一層優雅に魅せている。
胸元にはゴールドにルビーのネックレス。
耳には、対であろうピアスが輝いていた。
薄いオレンジ色のエレベーターの内装にそれらは、とても映えていて美しく魅せていた。
「ナオさん…綺麗」
僕は息を飲む。
「カケルくんも素敵…」
彼女の口元が笑みで溢れる。
「ねぇ…その、後ろに隠している素敵なものは…
もしかして私に?」
彼女の視線を捉えた、その素敵なものは真っ白な薔薇の花束だった。
プレゼントと言えば花束…
なんて思い付く僕のボキャブリティーの低さには、我ながら呆れてはいたものの…
彼女の喜ぶであろう姿は、もう僕の頭の中にイメージとなって刻まれていた。
「はい、どうぞ」
大きな瞳を、キラキラさせ溢れんばかりの笑顔で花束を受け取る。
「ありがとう」
ほらね…
やっぱり僕のイメージ通りだと心が踊る。
僕らはウェイターに案内され席へ移動する。
その間も、周りの人達の視線を感じる。
それは僕ら二人に向けられていた。
今日のそれは、僕と彼女の服装がマッチしていることに他ならないだろう。
示し合わせた訳でもないのに、どこから見てもペアなのだから…
彼が案内してくれたのは、黄色いテーブルクロスにシルバーがセッティングされた窓際の席だった。
少しだけライトを落とした店内では、テーブルに灯されたキャンドルとダウンライトが、まるで其々の席が特別な空間であるように演出している。
着席した途端、二人で密かに笑い始めた。
そう、密かに…
この場に大声は似合わないのだから…
「ビックリしたよ。まるで、ペアだよね!!」
僕が先に話し出す。
とにかく、驚いたのだから。
「本当に!ペアよね?周りの目を惹くはずよね」
彼女は笑いが止まらない。
興奮した彼女の息は、テーブル上の赤いキャンドルの灯を激しく揺らした。
彼女は慌てて、キャンドルを両手で包み揺れた灯りを守る。そして、落ち着いた灯りを見届けてから言葉を続けた。
「ねぇ、カケルくんはどうしてその色にしたの?若い人でスーツなら黒のイメージがあるけど?」
「ナオさんの好きな色が濃紺だから…濃紺のドレスを着てくるかと思った」
「凄い!同じ!! 私はカケルくんが赤が好きなのを知っていたから赤いアクセサリーを合わせたの。流石に赤いスーツとは思わなかったけどね」
「赤いスーツならサンタクロースだよ」
僕のイマイチのジョークに、彼女は苦笑いをする。
もちろん、僕も…
そして、彼女がイタズラっぽい瞳を輝かせて言う。
「まるで、ステキな偶然ね」
◆
ウェイターがカップレーゼをテーブルの上に乗せた。
前菜である。
ワイングラスに映りこんだその色は褐色を帯びている。
彼が提供中は、僕らは紳士的に口を閉ざしその手元を黙って見つめていた。
「カケルくん、よくココ押さえられたね…時期的に大変だったでしょ?ありがとう!お店の名前聞いて驚いたんだから!何を着ていこうか悩んじゃった」
「僕も悩んだんだよ。でも、喜んでくれて良かった」
彼女の耳もとで揺れるピアスが店内の照明に反射している。まるで、それは催眠術でもかけられているかのような、高揚感を感じさせる。
「ナオさん…本当に綺麗だ」
「ありがとう。これでも、少しでもカケルくんとの見た目に釣り合うよう頑張ってるんだから」
「まさか…ナオさんは若いよ」
「それは、惚れた欲目だよ。どう贔屓目に見ても、お姉さんだよ。下手したらオバサンだからね」
「あのさ…そういうのヤメにしない?僕は全然気にしていないし、感じていない」
「うん…そうだね」
年齢を気にする彼女は可愛かったけど、心の何処かで蟠りになっているのは僕も辛かった。
こんなとき、あと10年でも僕が早く産まれてきていたら…と思わない事も無いわけではない。
でも、幾つ離れていようと、彼女は彼女。
僕の気持ちは変わらない。
「ねぇ…ナオさん、目をつむって」
「なあに?」
「ほら、はやく目をつむって」
彼女は言われた通り、静かに目をつむってうつむいた。
僕は二つ目のサプライズを彼女の前に差し出す。
「いいよ、ナオさん目を開けてみて」
僕は、白地にシルバーのラインのリボンを纏った、白い小さな箱を彼女の前に置いた。
僕の「いいよ」の合図に、そっと目を開ける。
どう言えばいいのか…
どう伝えればいいのか…
「迷ったんだけど…いや…迷ったっていうのはウザいかなとか…重いかな…とか迷惑かな…とかそういう意味で…渡したい気持ちは決まっていて…」
「開けてもいい?」
小さく笑って、そう訊ねた彼女はそのサプライズを手にとり、リボンをほどき蓋を開ける。
「貰ってくれる…かな?」
彼女の瞳に映るのは、誕生石であるアメジストとダイヤのコンビで彩られたプラチナの指輪。
「これ…って」
「前にも、言ったろ?僕はナオさんとの未来を見ているって」
「未来を…?」
「ナオさん、僕ら結婚しよう」
彼女は何も言わない。
彼女の瞳が潤んでいる。
それは、yesでもnoでもなく戸惑いの涙であることはわかっていた。
「返事は直ぐじゃなくていいから、僕との事、本気で考えてみて」
「……私はあなたを幸せにできると思う?」
彼女は鼻を啜りながら、かすれた声で答えた。
「もちろん」
僕の口調はハッキリと自信に満ちたモノだった。
次から次へと、クリスマスディナーがテーブルを彩る。
『トリュフのコンソメパイ包み』とか…
『オマール海老とホタテのムースツリー仕立て』なるものが美しい装いと香りで、僕らの前に鎮座するものの、僕には全てが上の空だった。
こんなキモチになるなんて、一体僕はどうなってしまったのだろう…
僕らの初めてのクリスマスイヴは…
僕の初めてのプロポーズの日となった。




