◆ 僕らに終わりは来ない ◆
クリスマスを来週に控えて、僕は頭を抱えていた。
どうしたら、ナオさんは喜んでくれるだろう…
どうしたら、ナオさんは幸せを感じてくれるだろう…
等と思い巡らしながらプレゼントを考えている。
が…
悩みすぎる…
お礼や挨拶に、ちょっとした贈り物をした事はあっても特別な女性にプレゼントなどしたことが無いのだから、いくら考えても解らないのだ。
今日は、二人で映画を見に行く予定だった。
駅前の噴水の前で待ち合わせている。
約束の20分前に着いた僕より先に、彼女はもう着いていた。
赤のコートが良く似合っている。
彼女は僕に気づくと、目を細めて笑い小さく手を振った。いつもと同じ笑顔だ。
この笑顔に僕は幸せを感じる。
駅の駐車場に停めていた車に乗り込むと、僕らは一時間程車を走らせ、先月オープンしたばかりかの『トワイライトシアター』へ向かった。
この映画館にはアウトレットモールや50店も軒を連ねるフードコートや珈琲ハウスなどが併設されており、この界隈では人気のスポットである。
映画館に足を踏み入れると、外とは一変、薄暗く幻想的な明かりに、浮遊感を覚えた。
各シアターに向かう5色のLED ライトに彩られたエスカレーターに乗り込むと僕らは辺りを見回した。なんだか別世界に迷い混んだような不思議な気分だった。
「ねぇ…ナオさんは、クリスマスプレゼントは何が欲しい?」
「クリスマスプレゼント?」
「うん。サプライズ…とも思ったけど一応希望を聞くよ」
「ふーん…一応ね…」
「あ…いや…正直言うと女性に贈るプレゼントがピンと来ない…と言うかワカラナイ…」
「ありがとう。キモチだけで嬉しい。
………でも、せっかくだから最後にカケルくんと一緒に過ごした記念が欲しい」
「最後に…って…何?」
「あ…もしも…って事」
「ナオさん、変な事言い過ぎ」
「…うん」
「最後は無いよ」
「…そう?」
「うん。ナオさんが僕の事、キライにならない限りね。ほら、列に並ぼう。間に合わなくなる」
エスカレーターを降りた僕らは赤いライトに導かれ目的のシアターへ向かう。そして、僕は彼女の手を握り列の最後尾に並ぶ。
「…最後に…」
そう言った彼女の言葉が頭の隅に残っている。
僕らに最後は…来るのだろうか
周りを見回した僕はあることに気づく。長身である彼女の身長と、僕の身長差は4センチ。
辛うじて僕の方が高いが、彼女がハイヒールを履くと当たり前だが、同じ高さになるか僕より高くなってしまう。
でも…彼女と一緒に過ごした中で僕は彼女を見上げたことはなかった。
常に視線は下を向いていた。
そう…
彼女の足元を見て確信したのである。
彼女は僕と一緒に過ごした期間、一度もヒールの高い靴を履いていなかった。
それが何を意味していたのか…
きっと、僕らに最後は来ない…
僕は独りよがりの想いに自信を重ね合わせ、彼女の手を握り続けていた。
◆
映画のパンフレットを二冊と、お馴染みのフードコートで飲み物を購入し、僕らは半券を見ながら席を探した。
案内役はいるものの、全てのお客に対応出来るはずもなく、「座席が解らない方は声をおかけください。ご案内致します」の声を入り口で張っているだけである。
人気がある映画らしく、席を探すのも容易ではない。
周りを見回わすと圧巻の座席数である。
おまけに満席の様だ。
デート中のカップルの姿もあちらこちらに見え、僕らもその一員であることに僕は誇らしかった。
ようやく席を見つけ、あの座るに不便なシネマシートを起こし腰を降ろす。
座る前に椅子に意識が有るかのように、自主的にたたみこもうとする座席を彼女が抑えてくれたお陰で、今日はすんなりと座ることが出来た。
キャラメルポップコーンのlargeサイズとアイスコーヒーのlargeサイズを手にした彼女は、子供のようで僕は笑いが止まらなかった。
「どうしたの?なんで笑うの?」
「そんなに食べれるの?」
「うん。余裕!だって、美味しいんだもん。
あ…もしかしたら、カケルくん塩味?
キャラメル食べたいんでしょ~」
「え!?違うよ」
彼女は楽しそうにキャラメルポップコーンを口に運ぶ。
largeサイズはシェアして食べるイメージがあったのだが…
その子供っぽさは僕より確実に年下を感じさせる。
もちろん、僕の手にもポップコーンのlargeサイズとコーラのlargeサイズがあるのだが…
彼女と逢う度に、声を聞く度に、僕は染染と感じている。
僕の横に彼女がいる幸せを…
映画の短編予告を見ながら僕は言った。
「ナオさん、この先もずっとこうしていたいね」
「こうして…?」
「前に言ったでしょ?僕はナオさんとの未来を見ている」
「…そんな…後先考えないで、勢いで言っちゃダメだよ」
「勢いなんかじゃ無いよ、僕は真剣なんだから」
「……」
「もしかして、重い?」
「………い」
コミカルな映画の予告に、周りから挙がった「ワッ」と言う歓声に彼女の声はかきけされた。
「え!? 何?」
「あのね…カケルくん…」
「ん?ほら、始まるよ。続きは後にしよう」
開演ベルが響き、僕らの話は中断した。
暗くなった館内に、スクリーンの明かりだけが彼女を照らした。
彼女の横顔は、いつもと変わらない。
(ナオさんは、何と言ったのだろう…)
そんな事を気にしていたが、次第に僕は映画に見入っていった。
映画が終わってからは出演した女優さんや俳優さんの話で盛り上がり、彼女は言いかけた話題を口にすることはなく、僕もまたその話題にふれる事はなかった。




