◆ 翔んできてよ… ◆
准と涼子がカフェを後にしてから、暫く呆然としていたナオは、徐に席を立つとレジへ向かった。
カフェオレと紅茶の代金を支払う。
「お騒がせしました。ご迷惑をかけて本当にすみません」
そう深々と頭を下げカフェを後にした。
レジでは、怪訝そうな顔をしていたマスターもナオの丁寧な素振りに
「気にしないように。またお待ちしています」と深々とお辞儀をし笑顔で答えた。
ナオは微笑み返し、店を後にした。
騒然としていた店内も、何事もなかったようにいつもの時間を取り戻していた。
扉を開けるとカランカラン…と言う音色が悲し気でナオには刹那かった。
外に出た途端、冷たい風が身体を包む。
今のナオにとって、追い討ちをかけるような非情な空気である。
コツコツと靴音が、車のクラクションに混じり耳に響いてくる。
その音が、寂しさに拍車をかけるようだった。
ナオは、交通量の多い公道脇を何処へともなく歩いていた。その道は、准が全力て走った道とは逆の方角である。
ナオが持っているバッグから微かな振動を感じる。
一回…二回…三回…
スマートフォンが准からの着信を知らせていた。
自分を心配して准が連絡をしてきた事は解ってはいるものの、話をする気分になれないでいた。
躊躇しているうちに、着信音が途絶えた。
ようやくスマートフォンに手を延ばすと一本のメールを打ち始め、送信した。
准へのメールである。
自分は心配無いことを伝え、バッグの底にスマートフォンをしまった。
ナオの脳裏には涼子の言葉が、呪文のように繰り返し浮かんでは消えていく。
『カケルを私に返して!』
『あなたなんて、死んでしまえばいいのに!』
それらの言葉はナオの胸に突き刺さる。
私も逆の立場なら同じ事を言うかもしれない…
きっと神様が「貴女には手の届かない人なんだよ」と私にブレーキをかけていたに違いない。
カケルくんだって、本気じゃないわよ。そんな事も解らないの?
そんな風に、カケルから離れる選択を自分に促すようにナオの心は自分を責めていた。
「あんな風に言われたら、こたえるよなぁ~
17も離れてるんだもん…初めからムリだったんだね…」
強がった口調に、微かな笑みを浮かべる。
誰にも言う訳でもなく自分に言い聞かせる。
「大丈夫…私は、平気」
まるで祈りを捧げるかのように、左手を強く握り胸元にあてがい大きく深呼吸をして呟く。
「大丈夫…」
ナオは瞳を閉じて俯いた。
もう一度、大きく深呼吸をするとそっと瞼を開けてみた。渇いたはずの瞳が潤んでいる。
視界がぼやけて、何も見えなかった。
瞬きをすると大粒の雫がボロリと一気に溢れでた。
「でも……」
どんなに否定しても「その言い聞かせ」は肯定する材料にしかならなかった。
其れほど熱く真剣な自分のキモチを、ナオは知っている。
「カケルくん…翔んで来てよ…」
何度拭っても、止めどない雫が溢れないように…空を見上げたが、月はハッキリと見えなかった。
二人が出逢ってから9ヶ月が過ぎていた。




