◆ 人を好きになる理由 ◆
「あたしは、三年もカケルの側にずっといたのに。なんでカケルはあたしじゃないの?どうして、カケルはあの人を好きになったの?」
「人を好きになるのに理由なんているの?」
「……え!?」
歩道橋の上で二人並んでいる姿は、はたから見るとカップルであろう。
女性の方が泣いているのだから、ケンカしているように見えるため、行き交う人々は振り返る。
いつしか、歩道橋の下を走る車の音が不規則になっていた。
准は、スウッと息を大きく吸って静かに吐き出して話始めた。
「なあ…知ってるか?あの恋愛に不器用なカケルが自分から告ったんだぜ」
「まさか…………。自分から?」
「今までのカケルからは考えられないだろ?そこまでさせるナオさんて凄いと思わないか?そんな人に出会えるなんて幸せだと思わない?」
涼子に返事はない。
「俺もさあ…ナオさんの事が好きだった。ずっと昔からだぜ?」
「…え!?」
驚く涼子を横目に、准は口元に笑みを浮かべながら話し続ける。
「カケルなんかよりずっと早くからね。だけど、こんな年下の男相手にされないって俺、諦めていたんだ…
ナオさんバツイチだしね。ヤッパリそれもあったね。憧れなのか、愛なのかの区別も解らなかったけど、俺はナオさんが好きだったよ。ずっとずっと好きだった。でも、カケルは違ったんだ。年齢なんて関係ないんだよ。相手の過去なんて大して重要じゃない」
どれぐらいの時間が過ぎたのか、すっかり涼子は落ち着きを取り戻していた。
大きく深呼吸すると、気持ちを吐き出すかのように言う。
「カケルをそんな気持ちに出来なかった時点で、涼子は負けちゃってたのかもね…」
「だね」
准の言葉に涼子は小さく頷いた。
「そっか…准くんもあの人の事、好きだったんだ…」
涼子は准を見た。
だが、涼子とは視線を合わせず准はずっと空を見上げている。
ずっとずっと遠くの空を見ているようだった。
「何も言えずにいた俺には、好きだなんて言う資格ないよ」
准の長い睫毛が車のライトに照らされた。
その姿は涼子には少し寂しそうに見えた。
◆
「さあ、納得はしてないと思うけど、帰るぞ」
准はポケットから手を出し、時計を確認する。
「こりゃ、怒って帰ってるよな…」
カフェ前に置いてきぼりにした彼女に電話をかける。が応答はない。
当たり前である。かれこれ、三時間近く時間は過ぎている。長時間放り出されて気分を概しない女性はそうはいないだろう。
「まあ…仕方ないな…」
しかし、その顔は困った顔ではない。
いつもの自信に溢れた准である。
今まで一度も、誰にも打ち明けず心の奥に閉まってあった秘密。
それから、准がナオへの想いを語ることは、二度となかった。
「納得はできないけど、帰ります」
そう言った涼子の顔がなんとなく清々しく見える。
二人は元来た方向へ引き返していった。そして、途中の三叉路で別れた。
准は先程のカフェに向かっていた。
勿論、デート相手はご立腹でもう居ない…
准には、そんなことは解っている。
准がカフェに向かう理由。
それは、デート相手の為ではなくナオの為に…
辛い思いをしているであろうナオの元へ行くために…それに違いなかった。
力の限りを振り絞り駆け出した准が、あのカフェに到着したその時には
もう窓際のあの席には、ナオの姿はもう無かった。
テーブルに二人分置かれていたティーカップも姿を消し、次の来客を迎える準備が整っていた。
准はナオの電話番号を探る。
呼び出し音は鳴るものの、電話には出ない。
准は再度、試みるがナオの声を聞くことは出来なかった…
暫くしてメールを受信した准は受信フォルダーを開く。
『准くん、ありがとう。今日のことはカケルくんにはナイショにしてね…心配するから』
ナオからのメール。
『わかったよ。俺はいつでもナオさんの味方だから。忘れないでよ』
准は返信する。
「俺じゃ、ダメなんだよな…カケルにはなれないんだよな…」
どう足掻いても自分ではナオの手助けにはならない事を理解している准は、気持ちが沈んでいた。
そして、カケルへの苛立ちを募らせていた…
「さむっ…」
外気の冷たさを避けるように、コートに両手を入れ准は走り去った。




