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sugar&salt  作者: 櫻井ミヲ
《   4章   》
14/30

◆ 君しかいらない… ◆

次の日の朝…いや…昼と言った方が良いかもしれない。

僕は、彼女のベッドで目覚めた。

いつもとは、違う場所にあるスマートフォンを手探りで探す。

眠い目を細め時間を見る。

11時を過ぎていた。

真っ白な壁に真っ白なスクリーンから漏れた太陽の光が眩しい。

至るところに置かれた観葉植物の緑の葉が、うっすらと浴びた日の光に輝き清々しい気配を漂わせている。

いつもと空気の匂いが違う。



(そうだ…ここはナオさんの部屋だ…)



隣に彼女の姿はない。


僕はベッドの中で、まだ眠い目を凝らし彼女を探し始めた。

すると、シャワーを浴び終えた彼女が壁際のドレッサーに腰をおろし、静かに化粧を始めた。

素顔の彼女はメイクを重ねるたびますます綺麗になっていく。

それも、10分足らずの間に…

現代では化粧に一時間…いや二時間かかると言う兵がいる中、なんとも簡素な時間かと驚くが、中にはこんな女性も居ても良い。


年齢を考えればあるであろう皺も彼女には殆ど見当たらず、ただ本人が気にしている垂水だけが法令線とヤラヲ延ばし始めている。

法令線と言ってもある皮膚科医に言わせると、彼女にあるのは法令線ではなく「笑い皺」である。

しかし、彼女は「法令線であろうと笑い皺であろと同じ様なモノよ」と、楽しそうにわらう。


僕は、女性の皺も垂水も嫌いじゃない。

年を重ねて出来る魅力の1つだと考えている。

20代の頃にはそんな考えは無かったように思う。…と言うよりそんな事を考える位置に居なかった…と言う方が相応しいかもしれない。


彼女に逢ってから僕の女性の見方が変わったのだろう。


何だかんだ言っても「好きになった女性が理想」となる。


この一言に他ならない…


僕は、彼女の様子をぼんやりと眺めていた。なんだか、このボンヤリとした『優しい時間』が心地好かった。


彼女が鏡越しに感じる僕の視線に気づき手を止めた。



「あ!おはよう」



いつもの笑顔である。



「おはよう」



ベッドの中で、肌触りの良い寝具に身体の半分が埋もれたまま肩肘をつき僕は答えた。



「いやあね~化粧をするところなんて、見られたくなかったわ~」



片方の頬を少し膨らませながら、僕を軽く見据える。



「素顔もいいけど、ああやって綺麗になるんだな~って見とれちゃったよ」



「年々老けていくのよ。だから化けるの。フフフ…」




「たとえ、年をとってもナオさんは綺麗」




「はぁ~そんな嬉しい言葉、いつまで言って貰えるのかなあ…」




彼女は時々、年齢を気にする様な言葉をポツリと漏らす。

僕は17も年上であっても年の差なんて気にした事はない。

話題の中で年代のズレがあったとしても、体験では解らない事は知識としてお互いが把握している事が殆どであるから差ほど気にする様な場面に出くわさないのだ。

それとも、彼女が僕に合わせているからなのか?


彼女にとって僕はどんな存在なんだろう…


未来予想図を描く相手にはなれていないのだろうか…


朝に感じる彼女の部屋の雰囲気が僕は好きだ。生活感のあるこの空間は、僕の中にある懐かしい気持ちを呼び起こす。…多分、僕の憧れとか理想とかに近い感情に違いない。







ベッド脇のくくりつけの棚の上に、フォトスタンドに収まった一枚の写真を見つけた。

そのフレームの中の女性はどことなく彼女の面影がある。

だが、その人は明らかに僕より若く見えた。



「これ、ナオさん?」



僕は写真を手に取り眺めていた。



「似てる?娘の栞よ」



僕は少しドキリとした。

歳の頃なら、25歳位だろうか…

こんなに大きな娘がいる?

彼女の年齢からすれば不思議なことでは無くも無いが、母親の部分の彼女を僕は知らない。


想像もしていなかった。

たしかに、僕の年になると結婚して子どもがいる友人が増えてくる。

未婚で子供のいない僕は、そんな友人の子供にお土産を買ったりしている。


「お兄ちゃん、ありがとう!」なんて言われると可愛くて、次回もお土産を買っていこう…なんて考えている自分がそこにいる。


そんな時自分の子どもはどんな顔をしてどんな声で僕を呼ぶのか妄想にかられていた。


きっと自分の子どもはもっと可愛いのだろうと…


彼女は僕の想像以上にこのコに愛情をそそいでいたに違いない。



「似てるね…きっとナオさんの若い頃はこんなだったんだね」



写真の中の女性に彼女を重ねてみる。

もし、彼女が若い時に出会っていたとしたら、それでも僕は彼女に恋をしていただろうか。

想像では図れない事かもしれないけれど…

でも、僕には解っていることがある。


きっと、今の彼女だから僕は恋をしたのだろう…と。


全てには、其々に適した時期が有ることを。


僕が彼女と運命を感じられる時は今なのだろう…と。



「驚いたでしょ?私より娘との方がカケルくんと年が近いよね…」



その様子は、いつも笑っている彼女とは明らかに違う。

僕はそっと後ろから彼女の肩に手をまわす。

少しだけ濡れた髪が僕の頬を濡らした。



「ナオさん…どうしたの?僕はナオさんが好きだよ」



「…ありがとう。でも、私の一番は……娘なの」



「…解ってるよ。それで構わない」




正直に言うと彼女のその言葉は、僕の胸をチクリと刺した。

彼女の言っている意味は、解っている。

それからの数分間…沈黙が続いた。

僕はこの息苦しい時間が怖かった。



「ねぇ、カケルくん…私に何かを望んでるの?」



僕は自分の気持ちを素直に吐き出した。



「僕はナオさんとの未来を見ている」



背後から回した僕の腕は彼女の肩を強く抱き締めた。

おふざけ何かではない、真剣な僕の気持ちは目と目が合わないこの数分間に、どれだけ君に伝えられるだろう…



「…ごめんなさい。ずっと言おうと思っていた。私はカケルくんの望みを叶えられない」




僕の腕を両手で握りしめ、彼女は呟いた…

そのあと、彼女の唇は僕の腕に滑るように隠れた。

それは、嘘がばれないように口を閉ざすような動作にさえ見える。



「…何故?」



僕は彼女に向き合い両腕を握り、彼女を見つめた。

それは、まるで幼い子供に何かを問いかけるように…



「解ってるでしょ?私はカケルくんに相応しくない。誰もが反対するわ。カケルくんのご両親だってきっと…」



その言葉は僕にだけではなく、まるで自分に言い聞かせるかのように聞こえた。

将来の事を真剣に考えれば考えるほど、避けては通れない事実であるのは解っている。

僕は未だ時期が熟してはいない実をもぎ取った様な…開けてはいけない禁断の扉を開けてしまったような後悔に苛まれた。

それは、彼女の気持ちより自分の気持ちを優先してしまったと言う後悔だった。



「決めるのは親じゃない。僕だよ」



このまま彼女の手を離したら、彼女が消えてしまいそうな気がして僕は必至だった。



「それに…私はカケルくんの子どもを生んであげられない。きっと後悔する」



「僕は…僕に必要なのはナオさんなんだよ。後悔なんてしない。信じて欲しい…」



今だけの一時的な感情なんかじゃない。

たとえ、百歩譲ってそうであっても…こんな気持ちにさせてくれる人に出逢えるなんてこと、誰にでもある訳じゃないと僕は感じている。

今までの僕なら、恋愛より友情を恋愛より家族を選んでいるはずである。でも、今なら迷わず彼女を選んでしまうだろう…


何も気にせず、自分の気持ちにだけ正直になることが許されるのなら「君しかいらない」…と言うのが本心だったりする…

この時の僕は、どうしたら自分の気持ちを解って貰えるのか、伝えられるのか、それだけを思っていたような気がする。




彼女の苦しみも、悲しみも、切なさも理解できずに…






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