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sugar&salt  作者: 櫻井ミヲ
《   3章   》
10/30

◆ 涼子 ◆


駅から東へ徒歩8分ほどに見えてくる二階建て一棟4世帯が住むマンション。


敷地内に6棟が建てられており、この集合体を¨メゾンルーシアMS ¨という。

どちらかと言うとマンションと言うよりアパートといったほうがシックリくるかもしれない。

少し古いが洒落た洋風の外観とナチュラルカントリー風の内装は人気がある

家具は全て造りつけの為、そのイメージを壊さない。

僕はそこの二階にに住んでいる。


一番のお気に入りは高層マンションでは無いところに他ならない。



ピンポーン

チャイムがなる。

勿論、モニターなどと言う洒落たものは付いておらずドアを開くまで訪問者が何者なのかは解るはずもない。

しかし、ステンドグラスが施された『ハーフサークル窓』の硝子越しに映る人影の色彩から女性だと伺えた。




「はい?」



「来てやったよ~」



僕の返事に応えるように、ドアが開くのを待ちきれない様子でスキマから瞳を覗かせたのは涼子だった。

涼子…

大学の後輩の女の子。何故か側から離れず気が付くといつも隣にいる存在だ。

ドアが開ききると、躊躇なく靴を脱ぎ、上がり込む。いつからこんなに自由になったのか?

それでも、憎めないのは涼子の才能かもしれない。


涼子はバッグを無操作にソファに置きカールのかかった長い髪を、自分の手首にはめていた黄色いシュシュで束ね始めた。

シュシュは服装に合わせたのだろうか。

黄色のブラウスにグリーンのショートパンツ。

しかし、僕にはその配色の良さがワカラナイ…と言うより興味がない。



「このブラウスどお?昨日、買ったばかりなの」

と聞かれても…


「ああ…いいんじゃない?」

としか返事ができない。

そして、涼子は不機嫌になる。



何度も同じ会話を繰り返しているのに僕にその質問をするのは間違っている。期待はずれのツマラナイ返事しか返ってこないだろうに…

事実、今日の服装もキリギリスかカマキリにしか見えないのだから…




「残業で三日も来れなかったよ~忙しくで洗濯物溜まってるでしょ?」



そう、言うと涼子は脱衣場へ向かった。洗濯機の中は空であり、洗濯物が干されている。

僕は、料理は苦手だが他の家事は一通りこなす。

一人暮らしをして10年近いのだから当たり前と言えば当たり前だ。



「カケルってば自分で洗ったんだ。それじゃあ夕飯作るね!まだでしょ?」



涼子のその、上から目線の母親の様な口調に呆れ返る。今までだって洗濯なんてしたことはないだろうに…

涼子が洗濯をしたものと言ったら、僕の靴下が2、3足と言った所である。

それも、少なすぎる量の彼らは4キロの洗濯機で悠々と回されるのだ。

きっと僕が靴下なら、激しい目眩と嘔吐に見舞われているに違いない。


涼子はそのまま、足早にキッチンへ移動した。

涼子は冷蔵庫に手をかけた

そして、卵を1、2、…5コ取り出して振り向いた。




「オムライスでいいよね?」



~でいいよね?

とは言うが…涼子はオムライス以外作った事がない。




「いや…シロメシ炊いてないし…」



「たしか、真空パックのご飯があったよね?」



「いや、夕飯は出掛けるからいらないよ」




僕は横目で時計を確認し、車のキーを手にした。




「なあんだ。誰と?涼子も行っていい?」




冷蔵庫の灯りも手伝って涼子の顔がパッと輝いた。



「…ごめん。今日は、彼女とだから」




一瞬だが、涼子の手が止まった。

取り出した卵を元の位置に戻す。

そして平然を装うかのように言葉を続ける。




「彼女って…嘘でしょ?!カケルからそんな話し聞いたことないし。友達なんでしょ?」




涼子は僕に視線も向けず、冷蔵庫内のどこか一点を見つめている。

真一文字に結んだ涼子の口元が歪んでいる。




「嘘じゃないよ…」




僕は、小さく呟いた。

一瞬の沈黙が二人を襲う。

開いたままの冷蔵庫から、閉め忘れを告げるメロディが響いた。









♪ Ten little Indian boys

そのコミカルな曲調が静かな部屋に響いている。

その音を合図に、先に沈黙を破ったのは涼子だった。




「また~言い寄られて夕飯のお付き合い?ダメダメ。続かないよ。カケルの友達オーラは見え見えなんだから」




僕の言葉を否定するような、少しオドケタ…それでもハッキリとした口調だ。




「…違うよ」




間髪入れずに僕は涼子の言葉を否定した。




(このままでは、いけない…)




僕は持っていた車のキーをテーブルに置き、涼子に向き合った。

きちんと話そうと意を決していた。

それは、涼子の為に…

それは、彼女の為に…

何より、自分の為に…

僕は彼女に、誠実で有りたいと思ったから。




「あのさ涼子、聞いて欲しいんだけど…」



「…あ…あたし帰る」




それは、まるで僕の心の中を見透かしているかの様に僕の言葉を遮った。

ソファに置かれたバッグを勢い良く握ると、クルッと振り返り

「じゃあね…」と一言、言い放ち僕に背を向けた。


目は合わなかった。


涼子の目が潤んで見えたのは気のせいだろうか。

周りに響くほど勢い良く閉まったドアの音に、涼子の今の心情を理解した。

どちらかに非があるとするなら、それは僕の方に他ならないだろう。

涼子の気持ちを知っていたのに、気付かないフリをしていた事。

自分の気持ちをもっと早くにもっとハッキリと涼子に伝えなかった事。

多分、涼子を傷つけてしまった。

追いかける僕を振りきるように涼子は夜の闇に消えて行った。

僕はそれ以上、追いかけることはしなかった。

涼子の姿を見送りながら僕の頭の中には様々な思いが過る。



(付き合っているわけでもないのに、好きな人が出来たなどと…そんな事言う必要性がどこにある?)



僕の心の中に、矛盾という感情が沸き立つ。



(涼子はただの友人だよ。その証拠に僕の部屋には涼子の物は何一つないじゃないか…)




言い訳を探してみても…それでも、この遣り様のない気持ちは変わらない。

僕は、自分の不甲斐なさに呆れていた。

洩れるのはため息だけであった。

重々しい時間が過ぎて行く。

壁の時計に視線は移る。涼子が居るときにも、僕の視線は逐一壁に向けられていた事だろう…

今日は彼女と逢う予定である。




(そろそろ、行かなくては…)




僕は、急いで着替えを済ませて部屋を後にした。

こんな状況でも、僕は彼女に逢いたかった。

誰かが言った言葉が頭を過る。



人間は…なんて罪深い生き物なんだろう…



まさに今の自分…そのものを表す言葉だ。

自分の気持ちに正直になることは、誰かを傷つける事と同じなんだろうか…

そんな思いを抱きながらも、僕は彼女の待つ場所へと車を走らせた。
















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