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はじまり  作者: 夕顔
6/6

大阪

 彼は座席にもたれて目を閉じてからそのまま動かなくなった。

 寝ているのだろうか。考え事をしているのだろうか。


 私は東京の夜景の余韻をそのままに、首を傾けて窓の外を眺めていた。

 海にいるのか山にいるのか、眩い光景とはうって変って外は漆黒になった。

 それでも夜景の余韻は冷めやらず、何も映っていないはずの窓には先程の風景が浮かんできた。


 疲れからか少し自虐的に思っていた部分はすっかり消え去り、私の胸はえもいわれぬ高鳴りに酔いしれていた。

 彼と東京の夜景のおかげだろう。




 客室は静まり返り、少しずつ私の心も落ち着きを取り戻していった。


 もうすぐ伊丹空港が見えてくるはずだ。


 漆黒の窓に映る自分の顔は少し晴れやかに見える。

 また明日から頑張ろう。


 私は手元にあった小説を鞄に片付けた。




 今日の初めての体験はとても素晴らしいものだった。


 青森、仙台、東京の夜景を堪能し、もうすぐ大阪の夜景も見られるだろう。

 ふと横を見ると彼は同じ体制のまま目を閉じている。


 彼のような人との一期一会もまた初めての経験だ。


 ふっと笑みが零れてから窓を見るとシートベルトサインが点灯した。

 もうすぐ目的地に到達するようだ。


 その案内と共に彼は目を開き手荷物を整え、書類のような物を一瞥するとシートベルトを着用した。


 その表情は先程までのような微笑みではなく、少し厳しい真剣な表情だった。

 もしかしたら目を閉じる事で仕事へのスイッチを入れたのだろうか。




 その後少しずつ増えた光が予期させていたとは言え、眼下に広がったその光景を見た時、私はまた圧倒された。


 大阪上空の夜景は、東京程の眩さや派手さはないがとても広大で、それは光の絨毯のようだった。

 昔ながらの街を思わせる升目模様部分のある絨毯は、奥が見えない程に広がっていた。


 大阪だけではなく近隣の県まで広がる絨毯は私などはもちろん、旅客機さえも小さなものに感じさせた。


 東京とはまた違う種類の圧巻がここにはあった。




 着陸態勢に入るために客室の明かりが消えた。


 するとその広大な絨毯はさらに輝きを増して、私や乗客を魅了した。

 吸い込まれそうだ。




 何度か旋回を繰り返し旅客機は着陸態勢に入った。


 絨毯に引き寄せられるように高度を下げていく中、夜景に取り込まれるような同化していくような、不思議な感覚で窓の外を見ていた。



 凄いスピードで地面に近づいていきついに少しの衝撃と共に旅客機は無事に着陸した。




 私の初めての素晴らしい体験は無事に終了した。




 旅客機は走行するスピードを落としながら滑走路を進みターミナルへ向かう。




 完全に静止すると客室内はせわしなく動き出した。




 彼は鞄を手にした私を見ると立ち上がり、最初と同じように通路を作ってくれた。


 「どうぞ。」


 「ありがとうございます。」


 「荷物を預けているのでお先に失礼します。

  今日は楽しいお話ありがとうございました。」


 すると彼も


 「こちらこそありがとうございました。」


 と言った。

 その時の彼の表情は優しい雰囲気とは違い、隙が無く真面目な印象を受けた。


 彼もまたこの旅客機を降りると忙しい日常が待っているのだろう。

 

 私は会釈をしてそのまま出口へ向かった。

 出口へ向かおうとした私に何かを言いかけていたように感じたが振り返らなかった。

 多分これでいいのだ。



 



 少し後ろ髪をひかれたが


 「素敵な夜景と一期一会だった。」


 と少し笑みをこぼしてから真っ直ぐ前を向いた。







 この長期の出張にあたり準備した私のキャリーケースは非常に大きい。

 ゴロゴロと少し煩わしい音を立てて運びながら外に出た。


 今日の宿泊場所は明日のセミナー会場から近い所にある。

 

 バス乗り場へ向かいながら時計を確認した。


 初めての感動の余韻が強く、少し足元がおぼつかない。

 一度止まって目を閉じると感動した夜景が浮かんでくる。

 その次に微笑んでいる彼の顔。

 

 目を開けて鞄を肩にかけ直す。


 少し夢心地で、しかし気分は良く、私はまた顔を上げて歩き出す。


 


 また明日から頑張れる。






 その時腕を掴まれた。





 驚いて振り返るとそこには機内で隣席だった彼がいた。

 走って来たのだろうか息を切らしている。


 しかし彼を纏う空気は飛行中に感じた優しいものだった。

 



 「もう少し、お話ししませんか。」




 伊丹空港は広い。

 私を探し出すのは容易ではないはずだ。 




 胸が詰まり涙が出そうになった。

 




 彼は息を切らしたまま名刺を差し出した。




 「改めまして僕は進藤と申します。

  貴女のお名前も教えていただけませんか。」




FIN

最後まで読んで下さってありがとうございます。


今回は前作「みんな仲良く」から進藤と「間違いと正解と」から妻となる者が登場しています。

時系列的には「みんな仲良く」からはかなり前になります。


実際にこのコースをフライトした事があり、その時の感動を思い出しながら書きました。

でもいつものように勢いで書き上げてしまったうえに、文才があまりないので上手く伝えられていないように思いながらもそのまま完結させてしまいました。


一昔前は一歩出ると出会いが転がっていたものですが、最近は事情が難しいようで、懐かしみながら少し知らせられたらと書く事に決めました。


皆さまにも幸せな出会いがありますように。

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