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はじまり  作者: 夕顔
5/6

東京

 彼は本を手持ちの鞄の中に片付けた。


 「仙台の夜景の感想はいかがでしたか。」


 そう尋ねられ、とても壮大な風景で自分の存在がまるで石ころのようだったと答えた。


 凄く幼稚な表現だが、私はたくさんの人の息吹を感じる風景に自分の存在の小ささを思い知ったのだ。

 また夜景の光は宝石のように見え、それに対して光る事のできない自分はまさに石ころと思えたため、これは私にとって間違いの無い感想だった。


 先日東京に移住したばかりの私は日々に目まぐるしく追われ、疲れているから少し自虐的になっているのかもしれない。



 それを聞いた彼は少し考えてから


 「そうなると僕も石ころですかね。」


 と言った。


 はっとしてそのような事は無いと訂正をしたのだが、彼は微笑んだ。


 「感想は人それぞれですから、訂正する必要は無いですよ。

  むしろ少し考えさせられて楽しいです。

  しかしそう思いながら夜景を見ると、自分の悩みなど小さなものに見えてきそうですね。」




 その言葉に目が醒めたような気がした。


 疲れからか少し弱気になって視野が狭くなっていたようだ。

 そしてぼんやりと疲れた心で二つの夜景を眺めた事を後悔した。




 「そろそろ東京上空です。」


 少し落ち込んでいたが、彼の言葉で何かが吹っ切れた私はすぐに窓の外に目をやった。


 「どうですか。」





 私は周囲の人達と同じように思わず歓声をあげた。


 東京はまるで宝石箱をひっくり返したようだった。

 仙台の夜景も素晴らしかったが、ネオンの種類も建物の数も恐ろしい程に増え、眩しかった。

 まさに異世界を眺めているような、非日常のような。


 「ここに自分が住んでいるなんて信じられませんね。」


 最早高層ビル一棟が一つの夜景を作りあげ、それが群れとなっている夜景は圧巻だった。


 「宝石も石ころもいっぱいですね。」


 彼は私の肩越しに窓の外を眺めている。


 群れとなる高層ビルの隙間に自動車のライトが列を成し、都心は夜景というより、一つの明かりのようにも感じる。

 そこから少し遠くを見るとベットタウンへ向かうのだろう、少しずつ光がまばらになっていく。

 正に宝石箱をひっくり返した直後のような光の広がりだった。


 これほどの光を紡ぐためにはどれ程の人達が呼吸をしているのだろうかと改めて考えると、自分の小ささよりも「東京」というものに尊敬すら覚えた。


 「たくさんの石ころがこれを創り上げていると思うと石ころも捨てたものじゃありません。」


 彼は言った。


 「東京には生粋の東京の人間の他に、故郷を離れてきた多くの人達が住んでいます。

  上京してきた人達はたくさんの犠牲を払ってここにいて、様々な思いをかかえているのでしょう。

  そして彼等の頑張りは、この夜景を創り上げる一端を間違いなく担っている。

  凄いですよね。皆にもこの夜景を見せてあげたいです。」


 窓に映る私の顔のすぐ隣には彼の笑顔が見える。


 ぎりぎり触れない距離感を維持しながら。


 東京を通過し、光が遠くなったところで彼は自分の座席に戻って目を閉じた。


 私はもっと見たいと名残り惜しく眩い光の気配を目で追っていた。

 客室からは東京の夜景の余韻に浸っているような空気が感じられる。


 私も同じように圧巻の夜景を思い出しながら溜息をもらした。




 あれ程の夜景を創り上げるにはどれ程の人が努力や苦労をしているのだろうかと考えると、本当に自分の悩みは小さな事のように感じた。




 私は座席にもたれて余韻に浸りながら、隣席に座り目を閉じる彼を見つめた。

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