プレゼント
「良かったですね。今夜のこの便は夜景を楽しませてくれるようです。」
「仙台の夜景を見る事が出来るなんて思ってもいませんでした。
声をかけて下さってありがとうございます。
見逃さずに済んでよかった。」
私は感動の余韻冷めやらぬままに振り返り、溜息をつきながらお礼をした。
彼は少し驚いた顔をしてから目を細め、
「最近の国内線は夜景を堪能できるようにフライトをする便が増えてきているようです。
今日のこの便もその意図の下にこのルートを飛んでいるのでしょうね。」
「そうなんですか。
先日フライトのルートを調べたんですが、仙台上空は通過しないような印象を持ったもので驚いてしまいました。」
私は興奮ぎみに、しかし上品で優しい彼の空気を損ねないように静かに言った。
すると彼は初めて
「ははは」
と声を出して笑った。
何となく嫌な予感がして窓を見ると、目を真ん丸に子どもの表情をした自分が窓に映っている。
私はまた振り返り
「すみません。つい興奮してしまって。」
すっかり油断していた自分に後悔をしながら、上品で紳士的な彼に対しこのような顔で話していた事に何となく申し訳なく思った。
そしてこのような表情で人と話す事は、自分の素を見せてしまっているようで恥ずかしくもあった。
今は心底情けない顔をしている事だろう。
「いえ、僕も嬉しくなってしまったのでお気になさらず。」
彼は相変わらず笑っている。予期せず楽しませてしまったようだ。
話題を変えたくなった私は、少しそわそわしながら話題を探し
「そういえば外国語の本なんて、難しそうな本を読んでいますね。」
と言ってから彼の手元を見ると、本は間に指を挟み閉じられていた。
ふと、彼は私に話しかける時は常に本を閉じている事に気付いた。
もしかすると詮索されるのを嫌っての事なのではないかと、この発言に後悔した。
しかし彼は笑顔のまま
「ああこれですか。仕事の関係です。
人は必要に迫られると割と何でもできるようになります。
僕も最初は苦労しましたが、気付いたら読む事ができるようになっていました。
しかし人と会話をする事は中々上手くなりません。」
「僕は口下手なために他人行儀な姿勢になってしまうので、よく取っつきにくく思われます。」
思いがけずに入手した彼の情報に私は驚いた。
私と話す時に本を閉じていたのは私に対する礼儀だったのだろう。
私は慌てて手元の本を閉じた。
これ程までに気を遣ってくれる彼に失礼な事をしたくない。そう思ったのだ。
それにしても、彼が取っつきにくいなどと考えもしなかったため不思議に思った。
私から見ると彼の言葉は上品ではあるが、不快感を感じるものではない。
少し首を傾げてから
「馴れ合いを求める方がそのような事を言うのかしら。
私は貴方の持つリズムも雰囲気も素敵だと思います。」
言うつもりは無かったのだが、思わず口から出てしまった。
すると彼は少し驚いた顔をしてから嬉しそうに
「そのような事を言われたのは初めてです。」
と微笑み
「貴女は表情が豊かで良いですね。羨ましいです。」
と言った。
今度は私が驚いた。
先程のように自分の感情をうまく整理できずに、日頃から表情をコントロールするのに苦戦をしている事が多いため、まさかそのような言葉をかけてもらえるとは夢にも思わなかったのだ。
「そのような事を言われたのは初めてです。」
と私も微笑んだ。
もし私が表情豊かに見えるのならば、恐らくそれは夜景と彼のおかげではないだろうか。
夜景はとても多くの感動を与えてくれた。
そして彼が纏う優しい空気は私を飲み込んでいく。
出会ったばかりの赤の他人の隣人と話して、すっかり心地好くなってしまった。
こんな一期一会なら悪くない。
客室内にほとんど変化が無かったのだが、仙台の夜景に気付いた人はどれ程いただろうか。
もしかすると見逃してしまった人の方が多くいたのではないだろうか。
私は彼からとても素敵なプレゼントをもらった。そんな気分になった。