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はじまり  作者: 夕顔
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青森

 この10日間東日本を渡り歩き、明日大阪で開催される関連会社が主催するセミナーに参加をする事で、ようやく帰宅できる目処がたつ。

 人使いの荒い会社の指令の一つをどうにかこなし、ゴールが見えてきたとは言え流石に疲れてきた。




 先日仲の良い同僚が結婚した事をきっかけに、私は仕事と結婚する事を決め、地域職社員だったのだが総合職社員への登用試験を受け、めでたく私のプロポーズは受理された。

 その後は東京へ異動すると共に、環境に慣れる間もなく新婚旅行さながら各地を走り回っている状態だ。


 毎日は目まぐるしいが、初めて体験する事も多く悪い事ばかりでは無いように思う。

 今日も私は一つ初めてを体験する。


 セミナーの開催場所と時間の兼ね合いから伊丹空港行の便に乗ったのだが、海外へ出た事の無い私は初めての夜のフライトを楽しむために、窓際の座席を予約したのだ。

 運が良い事に今夜は晴れの予報だ。




 毛布と新聞をいただき座席の方へ向かうと、平日夜だからだろうか、青森発伊丹行の便は空席が目立った。

 出来る事なら隣席に人がいない方がリラックスできるため、私は少し期待をしながら通路を進み自分の座席を探した。


 すると私の期待とは裏腹に、私の座席の隣には既に座っている人影が見える。

 少し残念に思いながら、窓際の通路へ座るべくその人に声をかけて前を横切る事にした。


 「すみません。前を通ってもよろしいですか。」


 ふと顔を上げたその人は私と同じ位の年頃に見える男性だった。


 「ああごめん。どうぞ。」


 彼はそう言って読んでいた本を閉じると席を立ち、通路に出た。

 少し足を畳んでくれたら通る事が出来たのだが、彼はそうやって丁寧に道を作ってくれた。


 「ありがとうございます。」


 私は珍しく紳士的な対応をしてもらえた事に少し感動をしながら座席に座り、毛布を膝にかけてイヤホンを手に取り好きな音楽チャンネルを設定した。


 そして先程新聞をいただいたのだが、隣席に人がいるとなると広げたり捲ったりする作業をするのには気が咎め、手持ちの鞄に入れてある読みかけの小説を出す事にした。

 見ず知らずの人だが、私に紳士的な対応をしてくれた彼に、失礼な事をしたくない。


 私が好んで所持している小説はハッピーエンドものが多い。

 気に入ったシチュエーションを何度も繰り返し読みながら、過去の自分から少しずつ解放される事を求めている。


 ふと隣席の人の手元を見ると英語で書かれている本だった。

 その本を見た事と先程の通路の件が相まって、どのような人なのか興味が湧いてしまい、本に集中する彼を横から覗き見た。




 先程立ち上がった姿を見たところによると身長は175センチ位だろうか。

 白いワイシャツに黒のパンツだが、お洒落なデザインの襟元でセンスが良さそうに感じた。

 清潔感もあり優しそうだ。




 ここまでしっかり見てしまってから、仕事に操をたてた事を思い出し、自分の浅ましさに苦笑した。




 本を開いて集中する間もなくシートベルトサインが点灯した。


 シートベルトを締め、窓を見ると室内からの光の反射で映る自分の姿の遠くに、明かりの少ない青森空港が見える。

 手前に視線を移すと白いワイシャツに緑色のストールでロングヘアの自分と、奥には彼の白いシャツの袖口が少し見える。


 「ちょっとお揃いみたいじゃない。」


 そんな事を考えてしまってから、また自分を戒めて前を向いた。




 さあ、初めての夜のフライトは私にどのような感動を与えてくれるのだろうか。




 室内は消灯し、ゆっくり動いていた旅客機は滑走路を走るとどんどん加速していき機体が前方から浮く。


 旋回しながら夜空に高く高く舞い上がり、眼下に見える青森の夜景に客室からは少し歓声が聞こえた。


 正直な所青森はネオンが少ないイメージを持っていたが、私の目に映る夜景は素敵なものだった。

 遠くまで見える明かりには自動車のライトも含まれるのだろう。数珠繋ぎに少しずつ動き、そこに住む人々の呼吸すらも感じられた。


 機内アナウンスによると、今夜は視界が良く夜景を堪能出来るとの事で、それをサービスするために旋回を多めにしてくれているようだった。




 初めての夜のフライトだからだろうか。

 疲れているからだろうか。


 夜景を見ながら自分の小ささを思い、私などこの世界ではとるに足らない石ころなのだと感じながら、しかし地上から解放されている事実に自由になったような不思議な感覚を覚えていた。




 夜のフライトはこんなにも早く私に感動をくれた。

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