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戒 - 7 -

嬉しい筈の状況が、ハッキリ云って居心地悪い。

麗奈は、ちらりと上目づかいで隣を見遣る。

不機嫌そのものの貌を隠そうともせずに、前面に押し出しているのは御門だ。

現実なのだろうか。


―――俺から離れるな。

淡々と云った御門の言葉を麗奈の頭が理解した瞬間に、ぽふっと茹で上がった様に赤くなる。

判っている、それが本心ではない事ぐらい。なんせ、その言葉を発した本人の表情は、冷たいぐらいに何の感情も籠っていなかった。いや、強いて云うならば、面倒だと云いたいのだろう。

アパートの部屋でガタガタと震えていた夜に訪れたのは、御門だった。そして、何の説明も無く守ると云われた。

恐らく、あの日に外に居たナニカ。それから守ってくれるのだろう。

しかし、あれがナニなのかは、教えてくれないだろう。なんせ、俺が居ない間は部屋から出るなと云い置いて、さっさと帰ってしまったのだから。

そして、今朝になって迎えに来た。それから現在まで一言も口を開いていない。

はふ。と、麗奈は気付かれない様にそっと溜息を吐いた。


ぼぉ。

ポンタルリエグラスに乗せられたスプーンの上で角砂糖が仄かに燃え上がる。

グラスに注がれた緑色の液体・・・アブサンに、炎で溶かされた砂糖が混じり特殊な芳香が漂う。

そのグラスを迷いもなく手にし、傾け喉に流す。高濃度アルコールが喉を焼いて、カッと一気に体温を上げる。

幻覚をもたらす酒。素晴らしいではないか。この酩酊。この浮遊感。この昂揚。

明かりを落とした薄暗い部屋の中で、静かに酩酊し、しばしの幻覚に身を委ねる。

待ち焦がれた時は、既にそこまで来ている。もう少し、もう少しなのだ。

沸き起こるリビドー。焦点の合わない双眸。震える指先。

素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい。

もう少し。もう少しで、この世界は本来の姿になるのだ。


―――我らが神の復活とともに。


メキメキメキ・・・。

夕焼けの緋色が完全に闇の藍に変わった頃、人知れず静かに孵化が始まった。

昼間だったとしても、人目にはつかなかったであろう。木々が乱立するその辺りに、人が入り込むことはまずない。

メキメキ・・・。

干からびた背中が割れる。

そして、ゆらりと闇よりももっと深い闇、奈落色のそれの周りを夥しい数の蠅が犇き飛び交う。

メキメキ・・・。

少し離れた場所から、またも聞こえる不快な音。

もう一体が孵化し始めたのだ。

二つのそれらは、ゆらりと揺らぐ。互いの存在を知ってか知らずか、ほぼ同時に何処かへと消えて行った。

後には、夥しい数の蠅だけが忙しなく羽音を響かせていた。


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