戒 - 5 -
暗闇の中で、何かが蠢いている。
メキッ・・・メキメキッ・・・・。
そんな音が聞こえて来たかと思った次の瞬間、大きな破裂音が響いた。
パァアーーーン!!
「な、なんだ?」
恐る恐る、手に持ったライトを頼りに扉を開いて、中を覗き見た。
カラン・・・。
地下の遺体安置室の床に、ライトが転がる。
翌日、遺体安置室の処置台の上に人の皮、抜け殻の様な人間の皮だけが乗っているのが発見された。
抜け殻の皮からDNAを採取した結果、第二の木乃伊の遠藤恒夫と断定。
田倉同様、彼もまた数時間で木乃伊化した被害者だったのだ。
依然、犯人は捕まらず、証拠も目撃情報も出てこない有様で捜査一課は手を拱いている。犯行が深夜であるから目撃者がないのも仕方ないのかもしれないが。
更には、その日を境に警察に勤めていた二人の人物が姿を消した。一人は深夜警備に当たっていた巡査。そして、もう一人は田倉と遠藤の検視を行った検視官。
これもまた署の醜聞だ。署員は一課も二課もなく、総出で二人の行方を探る方針が固まった。
本谷はムカムカする胃を押さえながら、捜査会議に臨んでいた。署員全員を尋問したい気分だった。
くそ。こんな所でグダグダと話していても仕方ねーだろうが。
心の中で、罵倒を繰り返すが、一瞬、石上の顔が頭を過る。
石上は良く出来た相方だった。キャリア組で先の昇進で警部補以上が内定している。それを鼻にも掛けずに、本谷によく付いて来てくれた。本谷に真顔で憧れる先輩だと云ったのだ。
その石上は未だに酸素マスクをつけたまま、目を開かない。
くそ。
今度は、何も出来ない自分に腹が立つ。本谷は両の拳を堅く握りしめ、喚きそうになるのをぐっと我慢した。
※
「彼女の警護をお願いします。」
ピ。
云いたい事だけを一方的に云うと、返答も訊かずに通話を終了してしまう。
しかし、どうも気分が落ち着かない。イラつく。
御門は思い立って、ソファーから腰を浮かす。そして、玄関に行くとガチャリと荒々しく扉の鍵を閉め、何処かへ向かって闇の中を歩き始めた。
数十分後に御門が姿を現したのは、田倉と遠藤の屍体が発見された現場だった。
真夜中の事件現場。しかも、辺りには雑木林が続く見通しの悪い場所だ。誰も好んで来る者などいないだろう。
カサリ・・・。
雑木林の中から低木の葉を揺する音がし、次の瞬間にはソレは大きく跳躍して御門の前に姿を現した。
真黒な狐、黒狐だった。ギラギラと光る二つの金の眸だけが闇に浮かぶ。
二つの眸は、御門を捉えて一層に凶悪そうに鈍く光る。獲物を見つけた、そう云っているようだった。
「チッ。らしくない事をするもんじゃないな。」
如何にも不機嫌な態で、低くぼやく。
それが合図となったのか、黒狐が前足を軽く曲げ体勢を低くする。視線を御門からは離さないままに。
そして、後ろ足で強く地面を蹴る。
ボンッ。
シュゥゥウウウ・・・・・。
発火音とともに、御門の右手から青黒い焔が噴き上がった。その焔は、一端地を嘗めると一気に上昇して、飛び掛かって来た狐を絡め取った。
キュゥゥゥ!!
甲高い声を上げる狐だったが、勢いよく燃え盛る青黒い焔に呑みこまれて、周囲に異臭を撒き始める。
ブスブスブスブス・・・・・・・。
御門は忌々しそうに焔に焼き尽くされていく狐の姿を見ていた。黒狐が完全に燃え尽き、灰燼となって闇に融けるまで。
※
「マンモンか。」
『はい。それで、以前の目撃者の件ですが・・・。』
受話器の向こうで云い淀む。
「私は、消せと云った筈だ。」
『は。今夜中には。』
「無能な者は、必要ない。」
『は。必ず。』
チンッ。
甲高い音は、薄暗い闇へと吸い込まれていった。後には、静寂なひんやりとした空気だけが辺りを支配する。まるで其処には、誰も居ないかのように。