戒 - 2 -
コツン、コツン、・・
規則正しく足音が、殺風景な廊下に響き渡った。色を忘れたコンクリート剥き出しの、監獄の様な暗く長い地下の廊下。
天井には、今にも切れ掛けてチカチカと点滅を繰り返す蛍光灯が、数本辛うじてあるのみだった。
規則正しい足音は、廊下を最奥の突き当たりまで続くと、古びて赤茶けた錆びの浮いた鉄の扉の取手に手を掛ける。
ギッギギギ・・・・
不快な軋み音を、仄暗い闇に呑み込ませながら扉は開く。
「遅かったわね。」
ほんの少し、微かに怒気を孕んだ聲が、室内に入り込んだ人物に向けて発せられた。
※
ふぅ・・・
本谷が吐き出すのは、溜め息と紫煙。
イライラしているのを隠そうともせずに、足を揺すっていた。
「で?なんなんだ、ありゃ。」
アレというのは、先刻に見た屍体の事だ。
発見されたのが、午前三時前。新聞配達員が、第一発見者だ。
所持品から被害者の身元は、判っている。会社を出た時間もはっきりとしている。残業して、会社を十一時半に退出していた。
会社から、発見場所までは電車と徒歩で四十分ほど。
つまり、死亡推定時刻は、午前零時から発見された時刻、午前三時前となる。
三時間足らずで、人が木乃伊となり得るのか。
人間を放り込める巨大乾燥器が在ったとして、果たして三時間足らずであそこまでカラカラに出来るだろうか。
「おい、検視結果訊いてこい。」
本谷は、隣の席にいた相方の石上にキツい口調で云ったが、石上は慣れているのか、余り気にせずに素直に席を立ち上がる。
「そんなに、カリカリしないで下さいよ。」
「うるせぇ。早く、行って来い。」
石上は肩を軽く竦めて、遺体安置室へと向かった。
※
御門は講義室の長いベンチ式の椅子に背を預け、ふぅ、と溜め息を吐く。
講義が終わってから、暫く時間が経っていたため、室内に御門以外の姿はない。
「まったく。あの人は、人使いが荒い。」
ぶつくさと文句を独白していると、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。どうやら、次の講義を受ける学生が来たようだ。
御門は、手早く自分の荷物を纏めると講義室を後にした。
この後に受ける講義はない。御門は、マンションへ帰るべく正門を出る。
が、正門を出て直ぐに、声を掛けられた。
「御門くん。」
チラリと視線だけを動かして、声の主を見遣る。
声の主は、新上 麗奈だ。チワワを思い出すような小型の躯と顔に、大きめの目がくりくりとしている。
肩に付くか付かないかの髪は、現在、伸ばしている最中らしい。
とは云っても、御門には何の関心も無かった。
「・・・なにか?」
表情を一切変える事無く、淡々と云う。
「・・あ、えーと、今日は終わり?」
御門の無表情の顔に怯んだのか、やや控え目な声で問い掛ける。
「ああ。」
問いの返しのみを簡素に口にして、余計な言葉は発しない。麗奈の知る限り、御門は誰に対してもそんな感じだ。
「え、駅前に新しくカフェができたんだけど、良かったら・・・どうかな・・・なんて。」
「そんな暇はない。」
麗奈のお誘いをあっさり冷たく一蹴すると、取り付く島も無くさっさと歩いて行ってしまった。
「・・・ですよね。」
取り残された麗奈は、しょぼんと俯き、御門が行ってしまった方向とは反対方向の駅へと歩いて行くのだった。