13話
二話連続です。
お気に入り登録ありがとうございます。
「あははははは!」
右手に持った短剣を一閃。
途端、水風船が破裂したかのように辺りに水が飛び散る。
ぽとっ、と落下音をたて、その場に拳大の傷ついた石が残される。
スライムの核。
それはスライム討伐における討伐証明だ。
だがすぐには拾わない。
否、拾うことができない。
そんなことをすればたちまち餌食になってしまうからだ。
――そう、俺は十五本もの触手に囲まれていた。
数分後、周囲を埋め尽くしていたスライムたちをすべて屠った後。
地面に散らばっていた核を拾い上げていく。
Dランクの魔物であるスライムはジェル状の魔物だ。
その体は傷つけても傷つけても再生するが、唯一中心にある核を傷つけられる即死する。
単体での戦闘能力は魔物の中でも最弱であるものの、突然木の上から降ってきたり、群れでいきなり飛び掛かってきたりして、体の一部を伸ばした触手を獲物の鼻や口に流し込み窒息させるという存外にグロテスクな攻撃をしてくることがあるため、毎年多少の犠牲がでている。
今回は北から街に至る街道――俺が来た時とは逆の大門から続く道――の途中に広がる草原に大量のスライムが沸いたという情報が寄せられ、それをもとにギルドに出された討伐依頼を受けてきた。
朝、平原に来たときには見渡す限りスライム、スライム、スライム。
その数は想像もつかなかったが、さすがにこれだけの数がいるとこの道を通る一般人は危険かと思った。
俺はもうかれこれ6時間ほどスライムを狩り続けている。
周りには俺とほぼ同じようなランクの冒険者たちがたくさん。
スライムを仕留めては落ちた核を拾う様はどこか潮干狩りみたいだ。
(けどま、俺より倒してるやつはいないな。)
はじめはうじゃうじゃといたスライムも、いまやポツリポツリとしかいない。
これ以上は不要だ。残りはほかの奴らに残しておくとしよう。
俺が見切りをつけ、踵を返し街に戻ろうと街道の方に歩いていくところに、
「あれ?もう帰っちゃうんですか?」
近くで狩りをしていた別の冒険者パーティーの奴らが話しかけてきた。
声の感じがまだ若い、少し警戒を解いて声の方へと向き直る。
そこにいたのは三人組の冒険者だった。俺に話しかけてきたのはそのうちの一人。ほかの二人は少し離れたところに立っている。
見たところ、俺も18だから若い方だが、こいつらは俺よりももう少し若いように見えた。
(外套はしっかり着用してたんだが...まぁこんだけ派手に暴れてればそれでも目立つか。)
さしあたって害意も何も感じなかったので当たり障りのない対応をしておく。
「ああ、もう街に戻る。残りはこれだけならもう大丈夫だろ。残りは初心者の育成用にすればいい」
かく云う俺もまた冒険者としては初心者なのだが。
さらに本音のところでは単にもうスライム狩りに飽きてしまっただけだ。
そんなことは露程も知らずに少年は爛々とした視線を向けてくる。
「いやー、さすがでしたね。ギルドの噂になるだけはあります。後輩たちのこともしっかり考えているなんて!」
後輩云々は置いておくとして、一つ聞き捨てならないことがあった。
「あ?噂って何のことだ?」
そんなものは初耳だ。一体なんの噂だろうか。
下手をするとこの街にはいられなくなるかもしれない。
ただ歩いているだけで意志をぶつけられるのは面倒極まりないからな。
「受付嬢の人、助けたんですよね?あの“暴れ牛”の人たちから!」
言い切ってなお、キラキラとした目でみてくる。だが他の二人はそれほど興味もなさそうだ。
おそらくこいつだけが英雄譚だとかそんなようなものが大好きな類の人間なんだろう。
だが少年の中で美化されているほど良いことをしたわけではない。あくまでも俺個人の打算によるものだ。
「別に助けたわけじゃない。俺はただ単に巻き込まれただけだ。...なぁ、その話、どのくらい広まってんだ?」
「そんな謙遜しなくても大丈夫ですよ。どれくらい、か...そうですね、うちの街のギルドにいる冒険者ならほとんどみんな知ってますよ!謎のEランク冒険者っていって国の騎士だったとか暗殺者だったとかいろんな話が出てます。」
少年の話に、はぁ――、とため息が漏れる。
どこからあの一件が漏れたのかはしらないが、きっちり話の尾ひれまでついている。
どうりで今日は朝からずっと誰かの視線を感じると思ったら。
(...目立つのは嫌いなんだよ)
俺はその場から逃げるようにして立ち去った。
***
「あ!お帰りなさい、レイ君!」
ギルドに戻り、あれ以来俺に対して物腰が柔らかくなった受付嬢の下へと向かった。
「おう、フィオナ。戻ったぜ。討伐数チェックよろしくな」
袋に詰めたスライムの核をどん、とカウンターの上に乗せる。
核は石みたいなもので、これだけ集まるとかなりの重さだ。
「うわー。こんなにたくさん!この前の灰狼も吸血蚯蚓も大蛙もすごい量だったし、さすがレイ君だね!」
俺は依頼を重ねていくごとにフィオナとよく話すようになった。
必要な情報は細かいところまでしっかり教えてくれるし、おかげで依頼も捗っている。
フィオナ自身、事件を目撃しても俺のことを避けようとする節もないから、その点もやりやすい。
元いた世界じゃ家族も含め周りの人間は皆俺のことを畏怖して避けていたから、こうしたやり取りはどこか新鮮だ。
強いて言えば少し怖いとも思うが。
「お待たせ!全部で312匹だったから312×10コルで3120コルね!」
俺の思考は聞きなれた声に中断させられる。
それにしても、改めて聞くとすさまじい数だ。
実は一メートルほどの体長のスライムの中心に座す核を突く、というのは実はそんなに簡単なことではない。
そのためこの数は明らかに異常だ。
だがお互いそんなことには慣れてしまったためわざわざ指摘もしない。
「ありがとう。じゃあまたな」
報酬を受け取り、名残惜しそうにするフィオナに背を向けギルドを出た。
今日はまだ時間がある。前々からやりたいと思っていたことをこの機に挑んでみようと思う。
***
「あら~?レイさんおひさしぶりですね~」
所変わって、俺が足を運んだここはベイファス魔道具店。
あと少しでランクが上がりそうな今、この街での生活も落ち着いてきたことで俺には十分に時間がある。
そこで兼ねてよりやろうと決めていた魔法の修練をしに、ベイファスの元を訪れたというわけだ。
「俺に魔法を教えてくれ」
この世界では魔法を習うのは割とよくあることらしいがこんな唐突でもいいのだろうか。
そんな俺の杞憂はすぐに吹き飛んだ。
「いいですよ~。じゃあ授業料として10000コルください~」
俺の聞き間違いだろうか。
今俺の耳には10000コルと聞こえた。つまり約100万円だ。
思わず聞き返してしまう。
「え?」
「え?」
するとベイファスもきょとんとしている。
狭い空間でお互いにぽかんとして見つめあっているというのはどこか滑稽だ。
「魔法習うのってそんなにするのか?」
「当たり前じゃないですか~、魔法が使えれば仕事ウハウハなんですよ~?」
さいですか。
そう言われてしまえばなるほどそういうものかと納得するしかない。
「なるほど...じゃあ、はい」
おっとりした笑顔には到底似つかわしくない札束を手渡す。
心なしか目の奥が怪しく光っているような気もするが...気のせいだろう。
ついでに気になることを聞いてみた。
「あのさ、実は前にも師匠に少しだけ習ったことがあるんだ。けどその時は自分の中の魔力を感じれなかったんだよ。それでもだいじょぶなのか?」
「はぁ~。たま~にいるんですよね~。ちょっと待っててください~」
そういってベイファスは店の奥の居住スペースに引っ込んだ。
「ありました~。これを飲んでみてください~」
そういって差し出されたのは大きめのジョッキになみなみと注がれた紫色のどろっとした液体だった。
こぽこぽと泡が立ち上っている。とても人が飲んでいいものには見えないのだが...
「え?」
「え?」
差し出すベイファスの目は真剣そのもの。
間違いなくこの女は本気なのだ。
(とりあえず飲んでみる......か)
俺は恐る恐るジョッキを手に持ち、ゆっくりと口元へと運び、そして...
「ぶふっ!しょっぱい!苦い!これは無理ッ!」
想像以上の不味さだった。というか想像することすら不可能なレベルだ。
さんざ血も涙もないと揶揄されてきた俺が涙目になり手が止まってしまう。
だが、
「はやくしてくださいよ~。」
「え?」
「え?」
無情にもベイファスは少々苛立ったとでもいうか、凍てつかせるような目を向けてくる。
(...どうしようもねーのか?)
これを飲まなければ魔法を使えるようにはならないというのならば仕方がない、と。
俺は覚悟を決めて目を瞑り、謎の飲み物Xを一気に飲み干した。
ぐるん-、
途端に眩暈に襲われ目の前の世界が回転し始める。
がくがくと膝が笑い、その場に倒れると全身が制御不能なほど激しく震えだした。
続けて強烈な吐き気も襲ってきて胃からこみ上げてくるものがある。
それでもなにも吐くことはできずに、えづくだけの時間が過ぎていった。
一分一秒がとてつもなく長い。
(まさか毒を飲まされたのか?)
何とか目線だけを動かしベイファスを見上げると、やつは呑気にお茶を飲んでいやがる。
しばらくの間、俺は店の床でぴくぴくしていたが体を襲っていた痙攣は徐々に治まってきた。
俺はようやく出せるようになった声を絞り出し掠れる声で尋ねる。
「ぉ、おい...何を飲ませたんだ?」
「およ~?はやいですねぇ~、もう喋れるなんて。ふつうは1時間以上動けないんですよ~?」
「ハぁ...ハぁ...答えになってねぇぞ!」
ふざけてるのかこいつは。
思わずベイファスを見る視線に殺気がこもる。
「そんなに怖い顔をしないでください~。さっき飲んでもらったのは魔起草をすり潰して煮出したものです。体に違和感はないですか~?」
「違和感しかねーよ!なんか胃のあたりが重いってかむかむかするのに何も込み上げてこない。」
「あら~、よかった、大成功です~。高濃度の魔起草汁は軽度の魔力の暴走を引き起こすんです。レイさんが今感じてるのは魔力の暴走ですよ~。そのまま魔力の感覚さえ掴んでしまえばあとはこっちのもんです~。私が以前魔法を教えた人もレイさんみたいにじたばたしてたな~。懐かしいな~」
一瞬懐かしそうな顔をしてから、キリッ、とこちらを見てガッツポーズをするベイファス。
一応考えはあってのことだったようだ。
くだらないやり取りをしている間にも、気分はだんだんとマシになってきた。
「なるほどな。これが魔力か。この方法ならどんなに不器用な奴でも魔法使いになれるんじゃねーか?」
強制的に魔力を感じるようにできるこの薬を使えば、どんなに不器用なやつでも日常で使う魔法くらいは身に着けられそうなものだが...
「う~ん、そーでもないんですよ~。もともと魔力が少ない人や暴走が治まるとまた魔力を感じなくなる人が多くいますし、なによりこの薬高いんですよ~」
なるほど。
才能がなければ飲んでも意味はないし、才能があったとしてもよほどの金持ちじゃなければ薬を用意することもできないというわけだ。
「へぇ。この薬、いくらするんだ?」
「レイさんが飲んだ分で2万コルです。」
「へぇ。ってはぁぁっ?!そんな高価なものをくれたのかよ?」
こいつ実はめちゃくちゃ良い奴じゃないか!
...そう思っていた時期が俺にもあった。若気の至りってやつだ。
「やだなぁ~。もちろん別料金ですよ~?」
「え?」
「え?」
「さ、せっかく魔力を感じられてる今のうちに早く特訓しますよ~!感覚を忘れたらまた飲んでもらいますからね~」
そういうとベイファスは見た目のそぐわぬ力――正しくは肉体強化によるもの――で俺を店の裏庭へと引きずって行く。
俺は今日という日までベイファスのことを完全に勘違いしていた。
――こいつ絶対腹黒い。
この日、俺は店の裏庭に連れて行かれ、日が暮れるまで特訓させられた。
宿に向かう自分の手足が鉛のように重い...
(まぁ、おかげで魔力を多少扱えるようになったから良しとするか。)