12話
レイくーん、下衆をぶーちのーめせー!
お気に入り登録ありがとうございます。
(――巻き込まれなきゃいいんだが)
夕食に間に合うように宿へ魔石を届けるため俺は真っすぐな一本道をひた走っている。
その途中には無数の裏路地へと繋がる曲がり角があるのだが、その中の一つに差し掛かったとき問題が起こった。
突如聞こえてきた女の悲鳴。
この先の曲がり角を曲がったところでなにかが起こっているのは最早疑いようのないことであった。
こちらが近づくにつれて会話の内容が明瞭になってくる。
ここでたいていの人間は二手にわかれるだろう。
すなわち、自分にも火の粉が降りかかるのを恐れ見て見ぬふりをするか、それとも義憤に駆られて助けに行くか、である。
俺はどちらだろうか。
――結論から言えばそのどちらでもない。
見て見ぬふりをすることはあるがそれは怖いからではなく、また義憤に駆られたわけではないが結果的に助けることもある。
先日の盗賊の件がいい例だ。
当然、俺の選択を非道だのろくでなしだのと非難する者もいるのだろう。
“平然と悪を看過できるお前は狂っている”と。
だが、そうして誹謗中傷を行った輩もいざ俺がその力を奮うのを目撃すればたちまちに意見を変えた。
“お前は血も涙もない化け物だ、悪魔だ”と。
気づけば彼らの言う悪が俺に摩り替わっているのだ。
それも絶対悪として。
況や、もっとも間近で俺の暴力を目の当たりにした被害者たちは言葉もなく恐怖に引き攣った目を向けてくる。
ふと脳裏にこの世界に飛ばされる直前の出来事が浮かんだ。
――三人の少女たちが俺に向ける、まるで殺人鬼を見るかのような目が。
そうして、俺が誰かのために力を奮えば奮うほど、周囲の人間との距離が開いていった。
最早その間の溝を埋めることができないほどに。いかなる者もそれを越えることはできない。
いつの間にか俺は変わっていた。
たとえ目の前で人が泣き叫ぼうが、助けを懇願しようがなにも感じなくなっていた。
ほうっ――、と息を吐き出し再び走り始める。
俺は宿へ向けて前へ前へと進んでいく。
曲がり角はもう目の前だ。
今でははっきりと何を言っているのかわかる。
会話を聞く気はないが、聞こえてきてしまう。
「おいおーい、お前のせいで俺たちは罰金に加えてランク降格処分になっちまったんだよぉ」
「あぁ、そうだ。もう少しでBランクってとこだったのによ。こちとら気がおさまらなくてなぁ、とりあえず気が済むまで遊ばせろよ。きっと終わったころには女に生まれたことを後悔してるだろうけどなぁ!」
「やめてっ、離してっ!嫌っ!!」
「「「がはははは!」」」
ついに曲がり角に差し掛かった。
このまま真っ直ぐ進めば何事もなく宿に戻ることができる。
通り過ぎる際、ちらりと裏路地の先を見た。
そこにいる男どもには見覚えがある...あれはギルドで騒いでいた“暴れ牛”の奴らで間違いない。
ということはその真ん中で羽交い絞めにされ、着ていた服をぼろぼろに破かれてるのはやはりあの受付嬢か。
受付嬢のスカートは大きく捲られて艶やかな足は太ももまで露わになり、前から思い切り裂かれたシャツもかろうじてその双丘を覆ってはいるが、少しでも風が吹けば瞬く間に中身を零してしまうだろう。
――その光景を双眸に収めても尚、俺に歩みを止めるつもりはなかった。
***
誰か助けて!
何度叫んでも助けは現れない。
自分でもわかってる、ここは滅多に人が通らないのだ。
悔しい。
私は何も悪いことはしていない。
ただ冒険者側のミスを指摘して規則通りに罰則金を課しただけ。私たちギルド職員の仕事はすべて冒険者の命を守るため、ギルド運営を円滑にしてギルドを頼る人々を助けるためにやっていること。
なのに力のある冒険者が威張り散らし力のない職員は卑下される。いつもそうだ、こうやって実力行使に出られれば何もできない。
ほんとうに悔しいっ。
ふと脳裏にあの男のことが思い浮かんだ。相変わらずいつもフードを目深にかぶっており顔は見たことがないが最近よく話すようになっていた新人冒険者の男。
先日もゴブリンの巣にひとりで突撃するなんて無茶をしていた彼。
...なんで今思いだすんだろう?
一筋の涙が私の頬を伝う、とそれを皮切りに堰が崩壊したかのように私の目から涙がぽろぽろと溢れ出した。
「...もう......いいや」
勇敢な少女がすべてを諦め掛けたその時、
「誰だお前は?!」
私を羽交い絞めにしている男の声が聞こえた。
私はハッとする。
だめ!逃げて!こんなところを見てしまったら口封じに何をされるか分かったものではない。
恐る恐る顔を上げ男たちの視線の先を見た。
――そこには王族にもこれほど綺麗な色をした人はいないだろうと思うほどに、気品を漂わせる金髪の背の高い男が立っていた。
その顔は氷のように冷たい印象を抱かせるが、驚くほど完璧に整っており、私は今の状況も忘れ思わずどきりとしてしまう。
そして、男の頭上には空に向かってぴんと張った、猫科を彷彿させる耳が生えている。
――獣人。
「おいおい、兄ちゃん。わざわざこんなところを通るなんて感心しねぇなー。こーゆー危ない場面に出くわすこともあるんだぜ?」
“暴れ牛”のリーダーが話しかける。
だが金髪の男はそれでも足を止めることはない。するとリーダーは隣に立つ男に目配せする。
合図を受けた方は弓を構え、
バシュッ!! と慣れた手つきで矢を放った。
放たれた矢は走り去ろうとする男の鼻先をかすめ、奥の壁に突き刺ささる。
すると金髪の男はなにか意外なことでもあったかのように嬉々として立ち止った。
「...へぇ。ギルドで見たときは大したことねーと思ったんだが......猫被ってたのか?」
その声を聞いて私はさっきとは違う意味でどきりとした。
初めてその顔を見たから最初はわからなかったが、よくみればあの漆黒の外套はあの新人冒険者が着ていたものだ。
まずい、と思った。
いくらキリタニさんが有望でも、Cランク有数の武闘派の“暴れ牛”が相手じゃやられてしまうのは目に見えている。
「がははは!そんな簡単に実力を晒せるほどこの世界はあまくねぇんだ。で、おめー今の自分の状況をわかってんのか?」
「げへへ。女を犯そうとしてるとこを見られちまったんだ、騎士団でも呼ばれたら厄介だからなぁ!少なくとも足の一本はもらうしかねぇぜ!」
こんな大男たちを目の前にして、ふつうなら怖くて足が震えだしてしまってもおかしくない状況だが、彼は揺らがなかった。
きっと彼は逃げ出さない。
そう思うと、怖いのも恥ずかしいのも我慢して私は咄嗟に叫んでいた。
「だめですっ!キリタニさん!この人たちには逆らわないでくださいっ!早く逃げて助けを呼っ...?!」
無理だ、と。そう思い逃げろと言おうとした途端、彼の纏う空気がガラリと変わった。
彼が纏う空気はいつも受付でみせる飄々としたものではない。
体中が鎖で締め付けられるような、濃密な殺気が周囲を包み込んだのだ。
「そうかお前ら...闘る気......か?」
とても冷たく、低い声が響く。
相手の急な様変わりに戸惑いを見せた“暴れ牛”の面々だったが、
「...お前ランクは?」
「あ?Eだよ」
彼のランクを聞いた瞬間一気に元の威勢を取り戻した。
「はっ、Eかよ!ちょっとはやりそうな雰囲気だからって心配して損したじゃねーか。」
“暴れ牛”の面々は一斉に笑い出す。
「...余裕だな。そこまでやってただのこけおどしだったら殺すぞ?」
男たちの見せる余裕に臆するでも憤るでもなく、彼は走り出した。
その先にいる“暴れ牛”のパーティー構成は槍、細剣、大剣、盾持ち、弓の5人。
Bランク目前と言われるのは伊達ではない。かなりバランスのとれたパーティと言える。
「勝てっこないよ...」
俯く私の頬にはとめどなく涙が伝った。
***
(ああ、だめだ)
俺は裏路地の入口を駆け抜けようとした。
だがやはりというか奴らは俺を見逃しはしなかった。
奴らが俺を見つけたときの雰囲気の変わりようにはいい意味で驚かされた。
その殺気もさることながら、俺に向けて放たれた脅しの矢の絶妙な軌道などは、こいつらが決して無視をしていい相手などではないと悟らせるに足るものだった。
当然、俺の中から逃げようなんて気は毛頭失せている。
ならばあとは単純だ。
この心地よい殺気に向き合うことに専念すればいい。
俺は目の前にいる5人男たちのさっと見回し、舌なめずりをする。
盾持ちと大剣の前衛2人に槍が中衛、細剣は遊撃か、おまけに弓の後衛もいると。
これがなかなかどうして楽しめそうだ。
――先手必勝。
ダッ!! と俺は勢いよく駆け出す。
一度スイッチが入ってしまえばもう止まらない、先ほどまでの憂鬱な気分など彼方へと吹き飛び、俺は戦闘狂へと化した。
「あははははははっ!随分と様になってんじゃねーか!」
俺の動きに応じ、最適と思える陣形が瞬時に組まれた。
ここまでちゃんとした連携は初めて見る。
俺は付け入る隙を探した。
(まずはアイツか)
走ってくる俺の勢いを殺そうと先頭で構えられた大きな盾の手前でひょい、と軽く跳んだ。
俺を追うように構えた盾も上に向けられる。
俺は続けて、
ガンッ――、
と地面と水平に構えられた盾を踏み台に、さらにその奥へと大きく跳躍した。
数瞬遅れて俺の足を払おうとする盾持ちの片手剣が払われる。
「チッ!!」
盾持ちの舌打ちが聞こえたときにはすでに受付嬢を抑えている細剣持ちの前に着地していた。
「ッ?!」
一瞬の出来事にその場にいた全員が呆気にとられる。
「おいおい、闘い最中にボーっとするなんてナメてるのか?」
至近距離で俺の言葉を聞いた細剣持ちが慌ててナイフを抜く。
だが遅すぎた。
男がナイフを受付嬢ののど元に突きつけるより前に、俺の拳が細剣持ちの顔面にめり込んだ。
俺は入れ違いに受付嬢を腕の中に抱える。
「アンタがこんなにモテるなんて知らなかったぜ。」
「なっ?!ば、バカじゃないんですか?!」
これだけ強がる余裕があるなら大丈夫だろう。
受付嬢を後ろへやると残りのメンバーの方へ向き直る。
奴らもすでに反撃に転じていた。
バシュバシュッ!! と立て続けに矢が飛んでくる。
俺は走りながら短刀で矢を叩き落とし、弓使いとの距離を一気に詰めた。
弓使いは驚愕に目を見開いたが、直後に鳩尾に強烈なボディーブローを地面に転がった。
くの字に折れたまま倒れこみ悶絶する男を尻目に、俺は横から迫っていた槍の突きを後ろにステップし避ける。
と、そのまま槍をつかんで持ち主を強引に手繰り寄せた。
ドゴッ!!
為す術もなく引き寄せられた槍使いに膝をぶち込み行動不能にすると、その胸倉を掴み前衛の二人に投げつける。
いきなり降ってきた仲間に対し、受け止めることしかできなかった二人はそのまま後ろに吹っ飛ばされた。
すかさず二人が倒れたところに近づき、未だ起き上がれずにいる盾男の盾を蹴りあげ、空に向かって露わになった顔面を踏みつける。
続けて俺は背後ですでに態勢を立て直し、大剣を掲げ今にも踏み込もうとしていたリーダーと思しき男の両足にナイフを投げた。
左右どちらの足にもナイフが深々と刺さった男は悲鳴を上げて倒れこみ地面に転がりこむ。
「――ふぅ」
あっという間に“暴れ牛”は瀕死の肉塊に変わり果てた。
(...急いでなきゃもう少し楽しめたんだけどな)
本来ならばもっとじっくりと闘うのだが如何せん今はやるべきことがある。
余韻に浸るのもほどほどに宿へと戻ろうとしたところで、ふともう一人この場に人がいたことを思い出し振り返る。
そいつは血反吐を吐き倒れ伏す物騒な男どもの中に悠々と立つ俺をただ呆然と見ていたが、俺と目が合うとこちらに駆け寄ってきた。
「キ、キリタニさん!怪我はありませんか?!」
「見てただろ?こんな雑魚ども相手に怪我なんてしない」
そう言ってやると受付嬢は安堵の表情を浮かべた。
「すごいですっ、キリタニさん!あの暴れ牛”の人達をこんなに簡単に倒しちゃうなんて!ほんとにあなたはいったい何者なんですか?」
俺は驚いた。
この娘の反応が今までの奴らとは全く異なっていたからだ。
俺の闘いを見た後にもかかわらず、この受付嬢の顔には恐怖が浮かんでいない。
慣れないことで一瞬言葉に詰まったが、なんとか返事はできた。
「――あ、ああ、あんたの知ってる通り俺はただのEランク冒険者だ。ちょっと腕に自信はあるけどな。...それより、レイでいいぜ?キリタニって言いにくいだろ?」
「そ、そうですか?じゃあ...レイ君て呼んじゃおう...かな?」
......。
一瞬間が空いた後に、続けて受付嬢が小さな声でつぶやく。
「わ、私のことはそ、その...フィオナって呼んでもらえますか?」
そういえば俺は今まで会った奴らの名前なんてほとんど聞いてなかった。
知っているのはドロンゾとベイファスくらいだ。
あの二人はどこかほかの奴らとは雰囲気が違うから話しやすい。
あとは騎士のマルスも成り行きで知ってはいるか。
いずれにせよ、改めて名前を聞くと新鮮な気がしてくる。
「フィオナって名前なのか?可愛い名前だな。」
俺がそう言うと、フィオナの顔が今まで以上に真っ赤になる。
もはや頭の上で湯が沸かせそうである。
「かっ、かかかかかわいいっだなんてっ。」
フィオナはそのままうつむいて固まってしまった。
...一体なんなのだろうか。
久しく他人の気持ちなんて考えたことがない俺には見当もつかない。
***
その後の話。
とりあえず服がぼろぼろなことに気づき、しゃがみこんでしまったフィオナに俺の部屋着を貸してやってから巡回中の騎士を捕まえた。
フィオナが事情を説明して、瀕死の男たちの連行とそれからフィオナを自宅まで送るのを騎士たちの任せ、俺は急いで木天蓼亭に戻った。
宿では女将さんは俺の帰りが遅いと心配していた。
けれど帰り道にあったことを話すとその表情が打って変わって、よくやったと背中を叩きながら褒めてきた。
助けたのは喧嘩のついでだ、などとは口が裂けても言えない。
長い一日を終え、ようやくベッドに辿りついた。
ゴブリン狩りから、騎士団の詰所。
そしてギルドから、宿を経て魔道具店。
極め付けには裏路地の騒動か。
「...一日でいろいろ起こりすぎだまったく」
一言悪態をつき、次の瞬間には俺は泥のように眠っていた。
受付嬢のフィオナは最初レイと絡む予定はなかったんですが、僕が受付嬢フェチなので絡むことになってしまいました。
今回、レイ君の性格があれだなーと思った人もいるかと思いますがこれは仕様です。これからどうなるか期待していてください。