10話
殺戮の嵐。リアルに想像したら冒険者とか怖すぎてそうそうできる仕事ではないですね。笑
お気に入り登録ありがとうございます。
まだ太陽がてっぺんに登りきるより前にセイレムの街を出てから、二週間ばかり前に通って来た道をひたすら歩いて来た。
ポロック村から来た時にはこの街道でいくつかの馬車や旅人とすれ違うこともあったのだが、ここまで全く人とすれ違うことはなかった。
やはりゴブリンの大量発生が影響してなのだろうか。
静かな街道にはすでに地平線に傾きかけた赤い陽光が差し込み、さらに人がいないことも相まってなんともいえぬ寂寥感が漂っている。
(...今日はここまでにするか)
うっすらと木々が生える森の始まり付近に差し掛かったところで立ち止まる。
これ以上の前進は中断し木がまばらに生える街道脇の雑木林に丁度いい木の窪みを見つけると、そこに座って腰掛け鞄から野営に必要なものを取り出し広げた。
ライターなど当然あるわけがなく、魔法も使えない俺は火打ち石で火をつける。
これがなかなかつかないもので毎回苦戦するのだ。
最終的になんとか火をつけることができ、俺は干し肉を軽く炙って食べた。
食事の後は次の朝早くに発てるよう木に寄り掛ったまま寝る。
この時、周囲には鳴り物を括り付けたロープを張り巡らせておく。
こうすることで何者かが接近した時にはわかるのだ。
外套のおかげで大概の生き物は俺に気づかないはずだが念のためである。
***
「――この辺りか」
早朝、鳥たちが鳴くよりも早く俺は渦中の森へと向かった。
野営をした場所はまだまばらな雑木林といった感じだったが、街道を奥へ奥へと進むうちに木々が密集するようになっていった。
今では遠くを見通すことは不可能なほど木々が生い茂る森へと姿を変えている。
そのまま俺は街道を逸れ躊躇いなく森へと足を踏みこんだ。
するとどうだろう、まだ森に入ってからそれほど時間も経っていないのだがかすかになにか物音が聞こえる。
もっと近づいたところで、その正体が今まで聞いたことのない生き物の声だとわかった。
「グギャギャ!」
「ギャガ!」
「ギギ!」
その声は聞く者を不快にさせるような濁声だった。
声のする方を木の陰からそっと覗く。
すると声の主の姿がはっきりと見えた。
そこにいた生き物は、油が浮いたようにかてかと光を反射する緑色の肌に、俺の胸の高さくらい――人間の女ほどの背丈の人型の魔物だ。
奇妙に長い手足に一糸まとわぬ姿は既に見ていて気持ちのいいものではないが、その頭と耳の尖った醜い頭部が確実に嫌悪感を抱かせる。
だが知性はそれなりに高いらしく、お互いになにか会話をしてるみたいだが如何せん見た目が悪い。
不快感を抑えながらも俺はゆっくりとゴブリンたちの前へ歩み出る。
足元の木の枝を思い切り踏んだためにパキン、と大きな音がした。
いきなり近くで聞こえた物音に三匹は一斉にガバッとこちらに振り向き、突然俺が現れたことにかなり驚いている。
やがて三匹全員は濁った黄色い目を見開き、鋭い牙を剥き出しにして威嚇をしてきた。
「グギャアア!」
俺が何もせずにただゆっくりと近づき続けていると、先頭にいた一匹が手にした木の槍を掲げ飛び込んでくる。
対する俺がとった行動は一つ。
シュッ――、
仲間が気付いた時にはもう先頭のゴブリンの額に投げナイフが突き刺さっていた。
さらにもう一匹向かってきたゴブリンにもナイフを投げつける。
またしても額にサクッ、と気持ちよくナイフが突き刺さり、ゴブリンはそのまま糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。
その突然の出来事に残された一匹は慌てて踵を返し森の奥へと逃げ出した。
その潔さやよし。
だがこのゴブリンは自身の軽率な逃走がこの後の惨劇を引き起こすなど思いもしていなかった。
「...逃げたか。」
逃げる者の背中から攻撃するのは俺の信条が許さない。
だが群れに突っ込めば怒り狂って向かってくるかと思い、俺は奴の後をつけることにした。
視界の悪い森で見失わない様にゴブリンの背中を追う。
が、予想以上にゴブリンは素早かった。
逆に、こちらは木が多すぎて先が見通せないうえに、木の根などが出っ張っており足元も悪く思うように走れない。
おかげであわや見失うかということが何度もあった。
それでも見失うことなく追跡すること三十分ほどだろうか。
森をかなり奥に進んだところで急に開けた場所に出た。
その向こう側にはそびえる岩山にぽっかりと空いた穴があいている。
「グギャギャギャギャギャ!!!」
戻った一匹が仲間に危険を知らせるためなのか、けたたましく叫んだ。
すると穴の中からぞろぞろと、まるで甘いものに群がる蟻のようにゴブリンが出る出る。
それぞれ、刃が欠けた鉄剣や木を荒く削って作った槍など思い思いの武器を引っさげていた。
「「「「「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」」」」」
夏の蝉の大合唱よろしく騒ぎ立てるゴブリンども。
その光景を前に、はぁ――、とため息を零す。
それから俺はゆっくりと奴らの前へと歩み寄りそして。
――鷹揚に手を広げ正面からゴブリンどもを見遣る。
「よぉ、子鬼ども。お前らの敵意を見せてもらう」
視界一面を緑色に埋め尽くすかと見まがうほど、圧倒的多数のゴブリンたちの殺気がたった一人で相対する俺へと一心に注がれる。
ふつうゴブリンの群れは三、四十匹程度でなる。
もし一つの巣をまるまる壊滅させるなら最低五人のCランクパーティーで挑むものだ。
だが、今ここにいるゴブリンの数は軽く百を超えるという明らかな異常事態。
人数でいえばCランクが十五人は必要か。
もしこの場に直面したのが並みの冒険者だったならばおそらく今頃は死の恐怖から顔を真っ青にして卒倒している。
だが、今百を超えるゴブリンの目の前に立つ男――桐谷レイは決して“並の冒険者”ではない。
男は元の世界でこう呼ばれていたのだ、
――“戦闘狂”と。
異常な男は、当然自らの危険度が増せば増すほど喜ぶ。
今その顔に浮かぶ笑顔は大鬼でさえ泣き出すほど獰猛だった。
「雑魚でも数が集まりゃ殺気もそれなりか。まったく...心地いいなぁおい!」
俺は敵の巣に向かい全速で駆け出す。
対するゴブリンたちもボロボロの剣や槍を片手に集団で向かってくる。
迫りくる緑の軍勢とぶつかるかという刹那、
グンッ――、
と槍のように素早く腕を伸ばし、先頭の一匹の頭を鷲掴みにする。
腕の血管が浮き出るほど渾身の力を籠め握り潰す。
グチャッ、という嫌な音をたてた後、掴まれたゴブリンの手足がだらりと下がった。
そのまま前方の何匹かに叩きつけ、前方の敵をまとめて蹴散らす。
たった今空いたスペースに駆け込みながら腰の短剣を二本とも抜き、囲まれない様に常に移動し続ける。
突き出される槍を内側から右手で払いのけ、左の剣で突き刺す。
不意に目の前に飛び出てきた一匹に飛び膝蹴りを見舞うと、骨が陥没する音が響く。
続けて左、右、と目にもとまらぬ速さで両側にいた二匹をを切り捨て、正面で驚き呆けている一匹の顎を蹴りあげた。
瞬く間にゴブリンを血祭りに上げていくが、それでも俺を取り囲むゴブリンは数が減っていないように思える。
「やれやれ。こいつは時間が掛かりそうだッ!」
面倒くさがるような言葉とは裏腹に男の顔には喜色が浮かんでいた。
まるで退屈な試験勉強から解放されたばかり子供がそれまでの鬱憤を晴らすかのように、快楽に顔を歪めながら子鬼の肉を刻み続ける。
あまりに圧倒的な、まさに荒れ狂う嵐のようなその闘う姿。
もしここに見るものが居たならば、男の姿はその者の心にえも言われぬ不思議な衝動――おそらくは強烈な闘志を奮い起こしただろう。
***
...どれだけの間闘い続けたのだろうか。
「はぁはぁ。さすがに多かったな......疲れた」
息を切らし座り込む。
肩越しに周りを見渡すと辺りには200匹近いゴブリンの死体の山。
今からこれの耳をそぎ落とす作業をしなければならないと考えると俺は少し憂鬱な気分になる。
俺はふと視線を感じた。
ちら、と洞窟の入り口を見ると震えながらこちらの様子を窺うゴブリンの子供がたくさんいた。
普通なら禍根を残さないよう処分するのだろうが、俺は動かない。
俺は闘る気ない奴には手を出さないからだ。
たとえその結果また群れが復活したとしても。
(...なんだかな)
せっかくの余韻がゴブリンの子供たちの怯えた視線で少し冷めた。
それをきっかけに気を取り直して耳剥ぎ作業に移る。
俺は黙々と昼過ぎまで耳剥ぎ作業に徹し、回収した耳を袋にぶち込むとさっさとセイレムの街に戻った。
耳を剥いでて思い出したが、そういえば俺は未だにポロック村の盗賊の指を持っている。
街に着いてからはランクアップに夢中ですっかり忘れていた。
セイレムに戻ったら騎士団のところにも行かなくてはならないか。