9話
短いです。戦闘は次回です。でもこの回は地味に重要なんです。
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初のランクアップを女将さんに報告した.
女将さんは聞くや否や、たった一日でかい?!と驚いていたがすぐに気を取り直すと厨房へ飛び込んでいった。
しばらくすると女将さんはいつもより豪華なディナーを持ってきて、ランクアップしたんだったらお祝いしなくちゃ!と言う。
どうやら厨房のおやじさんに事情を説明しに行っていたようだ。
豪華な夕食は女将さんの奢りということなので遠慮なくいただく。
俺が食べている間もちょくちょく女将さんは俺の卓に来てランクアップの話で盛り上がった。
その話の中でおれはついでとばかりに木天蓼亭に泊まっていて気になったことを女将さんに質問してみることにした。
「なぁ、女将さん、ここって亜人しか泊まってねーよな?獣人限定の宿なの?」
そう、この宿は俺が来た時からいた客はもちろんのこと、あとから来る客ももれなく皆獣人なのだ。おかげで宿の中は虎に猫に犬に猿...等といった具合に見た目雑多な印象になっている。
その中には体の一部だけでなく、顔が丸々動物であったり、もはや二足歩行で喋る動物といってもおかしくないような者たちもいるがこうした人たちも俺と同じ獣人らしい。
そういう人の子供でも見た目は人間とほぼ変わらないような子が生まれるというのだから不思議である。
という具合にこの宿の景観はずいぶん賑やかだと思っただけで特に深い意味はなく、純粋な興味本位で聞いてみただけだったのだが、質問された女将さんの顔にはさっと翳が差した。
...なにか失礼なことを言ったのだろうか。
これで追い出されたりしたら困る、と俺が少し不安に思っていると女将さんは、はぁ――、と大きくため息をついた。
そしておもむろに口を開き、宿に亜人しかいない理由を語りだした。
「――うちは別に亜人限定ってわけじゃないんだけどねぇ。あんたのいたような田舎の村にはなかったのかもしれないけど、大きな街になるとどうしても人種差別があるのさ。あたしらは見た目がバラバラだろう?平人の中にはそのことを気味悪がる手合いがいるんだよ。それはこの街も例外じゃなくてねぇ。もちろん大部分の連中は気にしちゃいないんだが、それでも少なくない数の過激派が獣人にも平人にもいるんだよ。この宿がある東地区は元々獣人が多いから泊まる客層も自然と獣人中心になっちまってんだ。反対側の西区は平人が多いから行くことがあれば気を付けるに越したことはないね。」
女将さんが言う平人とは以前の俺と同じ、普通の人間のことだ。
この世界にはそれ以外にも獣人、小人、鍛人、森人、翼人、爬人、魔人などいくつもの種族がいて、それらを総称して人族という。
俺はこれまで獣人と平人しか見たことはないが、場所が変われば各種族の分布も変わるらしい。
だが基本的には平人はどこにでもいて、数も頭一つ抜けて多いために平人の国家が圧倒的に多い。
四強のうちゴレオン、カラト、ジブラルの三つは平人が政治の中枢を担っている。それには頭数だけでなく平人がその方面に明るいというのも関係しているのだが。
俺はまだこの世界をよく見てないから特に獣人だからという理由で差別を受けた経験もない。
むしろここまであからさまに見た目の違いが溢れかえっているのだからそういった意識が低いのかと思っていた。
俺は思ったことをそのまま口にした。
「へー。俺は種族とかどーでもいいと思うけどな。強い奴にそんなもんは関係ねーし。」
先ほどまで暗い顔になっていた女将さんはぷっ、と噴き出す。
「あっはっはっは。あんたはきっと大物になるよ!」
そう言って女将さんが俺を生暖かい目で見たかと思ったら、次の瞬間にはバシバシと笑いながら俺の背中を叩いてきた。
たくましい体つきの女将さんが繰り出す張り手は一発一発が重く、けっこう痛い。
(ただま、今の話で受付の姉ちゃんがなんでここを薦めてきたのかわかったな。)
もし何も知らずにうっかり平人至上主義者しか使わないような宿に行っちまったら、過激派に絡まれて今頃は面倒なトラブルに巻き込まれていたかもしれない。
***
宿で祝ってもらった日以来、俺は事務作業さながら効率重視の勢いで依頼を受けては片し、受けては片しをただひたすら繰り返した。
それでも一つ上のEランクの依頼は動物の狩りが中心で、広い範囲を動きまわる上に絶対的な数も少ない獲物を探して仕留めるのは、当然採取よりも時間がかかり、一日二件こなすのが限界だった。
ちなみにこの世界には普通の動物と魔物がいるが、両者の違いはとても大きい。
その違いとは単純に魔力を持つかということなのだが、魔力を持たない動物は強さも大きさも大したことはない。
対して魔物は下級のものでも一般人では容易に命を落とす危険がある。
厳密には肉食動物を狩る場合でも死者が出ることもあるらしいが。
もちろん俺にとってこの程度は、泥酔したおっさんと喧嘩するより簡単だ。
当初のペースを乱すことなくきっちり五日で十件の依頼をこなし、たった一週間でEランクにまで上がった。
それにしてもこのギルドのランク分けは初心者育成にとても適していると思う。
そういうとどこか他人事のように聞こえるが、紛うことなき本音だ。
依頼の内容は段階的に組まれていて、体力のない者・街の外に慣れない者は街で体力をつくる。
そして戦闘のない採取の仕事で街の外に慣れた後には、比較的穏やかな動物相手に武器の使い方や動くものとの戦い方を学ぶ。
それができるようになったら、やがて弱い魔物に挑戦するようになっているのだ。
ギルド側の打算を抜きにしても冒険者思いのシステムじゃないだろうか。
依頼達成手続きの最中にそんなことを考えていると受付嬢がまたしてもイラつきながら喚いている。
「まだ一週間しか経ってないんですよ?!確かにEランクまでは真面目にやれば誰でも上がれますけど、ふつうは優秀な新人でも早くて2か月以上かかります!いったいどんな裏技を使ってるんですか?」
受付嬢はこう言ってるがそもそも規格外の形でこの世界に来たのだ。このくらいはご愛嬌である。
(それよりこいつの反応...なんだか陰で超能力つかって滅茶苦茶やってる主人公の正体に気づいていないヒロインみたいだな。)
...冗談はさておき俺はまさに破竹の勢いでようやくめぼしいところまで来た。
Eランクに上がったことで一つ上のDランクの依頼を受けられるようになったことは、俺の冒険者生活において非常に大きい。
なにせこのランクからは魔物を狩る依頼が含まれるからだ。
そうはいっても半人前扱いのDランクの依頼では雑魚しかいないのだが。
それでも今までのランクの依頼に比べれば格段に楽しめるだろう。
俺はお小遣いをもらった子供のようにスキップをするという異様なハイテンションで掲示板まで向かう。
外套のおかげで誰にも怪しまれず――、というよりも気づかれずに掲示板の前にたどり着いた。
(おー、あるある)
ここに立つたびに何度も何度も眺めた魔物の討伐依頼だ。
世間知らずの俺でもギルドの資料を見て知っている。
冒険者が初めに狩る魔物と言えばこのまものなのだろう?
ふふん――、と軽やかな手つきで俺が壁から剥がしたのは、ともすれば妖精の一種と言われることもあるという緑色の醜い魔物――ゴブリンの討伐依頼だ。
手にした依頼書を携え、僅かの迷いもなく受付へと向かう。
「ゴブリンの討伐ですか。ゴブリンは集団で行動する魔物です。ソロの方は特にですが、万が一群れに囲まれたらすぐに逃げないとだめですよ!特にこの依頼の地域では通常よりも多くの目撃情報があるので大きな群れかもしれません」
俺は魔物と闘り合うことですでに頭がいっぱいだ。
受付嬢の忠告を話半分に聞き流し、適当に相槌をうつに留まる。
「...死んでも知りませんからね?――、今回はセイレム南門までの街道に現れるようになったゴブリンが対象です。ゴブリンの討伐証明は右耳になります。それを5つ持ってきていただければ依頼成功となります。では、いってらしゃいませ」
問題の街道とはポロック村から来るときに通ってきた道だ。
(確かに途中、街道の左右にしばらく森が広がる場所があったな。)
あの辺りなのだろうか。だとしたら移動にはそれなりに時間がかかる。
街を出る前に大通りの市場で干し肉や果実水などを買い込み、出かける準備を済ませておく。
新たに必要なものは食料くらいなのでほとんど時間もかからず、俺はいつもの門をひっそりと人知れず街を出た。
ゴブリンが多く目撃された場所は馬車を飛ばして半日と少し行ったところだ。
俺の脚でも歩けば丸一日以上は軽くかかる。今日は移動で終わるだろう。
逸る足を抑えつつ、依頼というかたちでは初となる魔物討伐に向かった。