プロローグ
物語序盤の主人公は性格やばい。
けっして邪魔にはなりません、あなたのお気に入りに加えてやってください。
都会の喧騒がうっすらと聞こえる。辺りには廃ビルが立ち並び、にぎやかな人通りからこの場所を隔絶している。本来ここに人がいることなどはないのだが時折、人に見られるのが不味いようなことを不良どもが行うことがある。
そして今まさにこの瞬間、そんな状況になりつつあった。
「めんどくせーな」
ひとりの男が気怠そうにつぶやいた。
その周りにはもれなく向こう側が見通せないほどの人だかりが。ざっと三十人はいるだろう。
一人一人に焦点を絞ってみれば、どいつもこいつもみな等しく目が血走っている。
常人ならば冷や汗で服がびしゃびしゃになりそうな状況だが、その真ん中に佇む長身の男はただひたすらに鷹揚としていた。
男はちらと自身の後ろに隠れる三人組の女を見遣る。女たちはいずれもこのあたりではよく見かける女子高の制服を着ている。
ただ平凡で、ごくありふれた制服姿であればよかったのだが...彼女たちの格好はまともではなかった。
その制服はぼろ雑巾のようにいたるところが破れ、下着が露わになってしまっているのだ。
ファッションとして下着が平気で見えるほどスカートの丈を短くしているバカな女も確かにいるが、これは決しておしゃれではないだろう。
どういう経緯であれ、全く関係ない事件に巻き込まれるのは面倒だ。
できれば見逃してほしいものである、という思いを正直にぶつけてみた...
「はぁ。俺はたまたま通りかかっただけだからできれば関わりたくないんだけど?」
男は周りを囲むチンピラどもに言い放つ。
しかしながら、虚しくも返ってきた返事は予想通り。今までも再三にわたって聞いてきた謳い文句だった。
「へっ、そんなんでここから逃げられるとでも思ったかよ?逃がしたらサツを呼ばれるに決まってる。この場を見ちまった時点でお前は半殺し決定だ!」
チンピラどもは一斉に下卑た笑いを浮かべる。
たいていの人間ならここで恐怖に憂い頭が真っ白になるだろう、だが男はなおも鷹揚とした態度を崩すことなくただ一言。
「あっそ。闘る気なら受けて立つ。死にたい奴からかかってこい」
無謀にも思えるだろう。だがこれがこの男のまごうことなき本心であった。
一方、男の言葉に触発されたチンピラどもは単細胞生物よろしく怒りを爆発させる。
誰からともなく一斉に怒号をあげながら真ん中の男へと群がっていった。
後ろに控えていた女たちは迫りくる怒り狂った男たちに気圧され、そしてたまらず悲鳴をあげた。
......。
その後しばらく、この場の静寂を切り裂いて男どもの怒声と肉と肉が激しくぶつかり合う音が木霊した。
二時間ほど後、一人の警官が匿名の男からの通報を受け、半信半疑で男に言われた場所に向かった。
確かにその場は人通りもなく犯罪にはうってつけだというのは事実だが、果たして男が言ったようなことが起こり得るのだろうか――三十人もの男が一人に返り討ちにされるなどといったことが。
警官が街の裏路地をいくつも曲がり、問題の場所に到着する。
と次の瞬間、警官はこれ以上は不可能だというほどに大きく目を見開いた。
現場に駆けつけると、男の言った通り三十人余りのいかにもガラの悪そうな男たちが全員倒れていた――否、血の池に浸っていたのだ。
全員かすかに息はあるようだが、誰一人としてまともな状態ではない。
その悲惨な光景はここで起きたことの異常さを物語っていた。
警官はしばし固まってしまったが、視界の端にちらとうつった何かに意識を呼び戻された。
その正体は男どもの脇で座り込み、ガタガタと震える三人の少女だ。
その様子は尋常ではないが、何かを言っているようだ。
「..け..だ」
だが、注意深く耳を傾けても遠くからでは少女たちが何を言っているのか聞き取れなかった。
一刻も早く少女たちを保護するために。警官が足早に少女たちの下へ近づいたとき、その声をはっきりと聞きとることができた。
彼女たちは何度も何度もこう言っていたのだ。
・・・・
「ばけものだ……」
――少女たちの言葉を理解した瞬間、なぜだか警官の背中に悪寒が走った。
***
男の名は桐谷レイ。
彼はその異常な強さ故に、常に周りから避けられ続けた。
そしていつしか人を信じることができなくなっていた。
気づいた時にはもう、彼は独りとなっていた。
人に生まれたにもかかわらず、誰一人として自分を受け入れてくれる人がいない。
それがどれほど苦痛なのかはわからないが、彼は自分がなぜ生きているのかわからなくなった。
自分が本当に人なのかもわからなかった。
その結果、闘うことでしか己の存在を感じることができなくなっていた。
――そして彼はこの日も一方的な蹂躙を行った後、この世界から忽然と姿を消した。