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放課後の図書室  作者:
7/9

7.


放課後。


教室で悠里と別れ、いつものように渡り廊下を抜けて別棟の図書室へ向かう。

あれから季節は目まぐるしく過ぎていき受験シーズンがやってきた。それでも、この通路もすっかり慣れたものだなと思いながらわたしは扉を開ける。

見渡す限りの本たち、古い紙の匂い。

そして、そこにいるのは彼だけ。

いつも。




「先生」


図書室の座席、先生は入口に背を向けて座っている。日本文学の分類の前。そこが指定席だ。


「ああ、橘。採点手伝ってくれるか」

「はい」


わたしはその隣の席に座った。

机には沢山のプリントがクラス別に分けられて置かれていて、どうやら一学年分あるようだ。そのうち半分は既に採点されていて脇に除けてある。赤ペンが付けられていないプリント———全部で五クラス分ある———そのうちふたつの山が、自分の席の前に置いてあった。


やれやれ。

わたしはふう、と溜息をつく。

うちの高校は生徒数が多いマンモス校なのだ。これだけの量を毎週採点していたら、それは生徒の手も借りたくなるだろう。

とりあえずひと山取った。筆箱から赤ペンを取り出す。これは、先生と同じもの。


「先生も大変ですね。これだけじゃなくて授業の準備も受験対策もあるだろうし」

「でも、こうして放課後の図書室でゆっくり仕事するのも悪くない」


そう言って先生は眼鏡の奥で微笑んだ。

あれ以来、先生の瞳に何が映し出されているのかがちゃんと分かって、ほっとする。それに、少しだけ先生に近づけた気がするのだ。本当に、少しだけだが。

それでもわたしは嬉しい。思わずにっこりしてしまうくらいに。


「そうですね。ここは静かで、落ち着きます」

「そういえばあの本読んだか、」

「あ、やっと読みました。楽しかったです。後で返しますね」


そんなことを言いながらさらさらと丸つけを進めていく。



いつもの時間にいつもの席に座って、先生の仕事のちょっとした手伝いや受験勉強をしたり、時にはお互い好きに読書をしたりもする。

そんな些細な風景のように当たり前の日常を過ごすことが、わたしにとっていつの間にか楽しみとなっていた。

多くの言葉は要らなかった。ただ同じ空間を共有し合えることが大切だったのだ。




今日も、夕日は図書室を照らす。手元のペンの影が長く伸びている。

それはとても美しいが、何処となくわたしを寂しい気持ちにさせる。


「採点終わりましたよ」


さっとプリントをまとめて隣へ差し出した。


「ああ、有難う。相変わらず早いな」

「先生とお喋りしたいですから」


先生は少し驚いた顔をした。だがすぐにふっと頬を綻ばせる。こんな優しい表情を見られるのはわたしだけかもしれないと思う。

先生はわたしの頭に手をぽん、と置いた。


「橘には敵わない」

「あの、何か変なこと言ってたらすみません」

「いや、そうじゃない、」


それじゃあ何なのだろう。

伺うように隣にちらりと視線を向けると、先生は大きく溜息をついて眼鏡を外していた。それから眉間に皺を寄せて何やら考え事をしている。

眼鏡を外したことで長めの前髪が整った目元にさらりと掛かって、一層その横顔を綺麗に見せていた。


これも日常の、一頁。



「先生、」


「何だ」


「えっと、」



この日々はいつまで続くのか。


不意に、そんなことが頭をよぎる。

言葉を飲み込む。




「何でも、ないです」



先生は不思議そうにこちらを見たが何とか誤魔化した。


それから本の感想を言いあったり受験勉強を手伝って貰ったりしていると、あっという間に閉館時間となる。図書室の戸締りを確認して、わたしたちは部屋を出た。


職員室前で先生に別れの挨拶をして、階段を降りた先にある下駄箱で靴を履いた。

校舎を出て、振り返る。


職員室の窓際には誰もいなかった。


何だかいつも以上に寂しい気がした。

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