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放課後の図書室  作者:
6/9

6.


職員室に先生を探しに行ったのだが姿が見当たらなかった。他の教師に尋ねるとここには来ていないと言われ、出鼻を挫かれた。


そこでピンときた。


もしかしたら———






わたしは急いで別棟に向かった。

四月とはいえ夕方は肌寒い。

渡り廊下の扉を開けた際に風が吹き込み髪が乱れたが、気にせず走って廊下を通り過ぎる。

勢いよく図書室の扉を開けると、そこに彼は居た。


机にプリントを広げ、こちらに背を向けて座っている。

わたしは息を切らしながら机を挟んで真正面に立った。



「ここに、いた」


先生は少し驚いた顔をした。


「橘、」

「これ、返します。遅くなってすみません。有難うございました」


そう言って傘を差し出す。それから鞄を開いて読んでいない例の本も机に置いた。

わたしは苛立っていた。理由はよく分からない。

先生はわたしの様子に気がついていてわざとそうするのだろうか、にこりと笑って尋ねてくる。


「この本、どうだった、」

「読んでません。ごめんなさい。でも他の作品は読みました」


尖った言い方をしてしまった。まずかっただろうかと不安になる。

先生は一瞬ではあったがわたしを見据えた。


「もしかして怒ってるのか」


静かな声。

それが逆に怖かった。

わたしは何も言えなくて、ただ先生の目を見ることが出来なくて、俯く。


「橘」


恐る恐る顔をあげる。

先生はわたしをまっすぐに見つめていた。




ああ。


眼鏡、してない。



はじめてその瞳に映る色を知ることができた。

どうして。

どうして、あなたはそういう顔をするの。



「せんせ、」


胸が苦しくなる。

苛立ちはいつの間にか消えていた。

不意に目頭が熱くなってきて、つうっと一筋の粒が流れた。頬が濡れるのが自分でもわかった。


「先生は、ずるい」


「うん」


わたしの反応に安心したように、先生はふっと淡く笑った。


「嫌いです」


「知ってる」


「わたし、皆が先生のこと構ってるから、なるべく関わりたくなかったのに、」


「それもわかってた」


「それじゃあどうしてですか。どうしてこの本貸したり、傘まで。

先生に借りた本は読む気になれなくてそのままで、とりあえずこの本以外の作品は読んだんです。それから凄く考えて、でも全然分からなくて、」


あれ。

自分が何を言いたいかあやふやになってきた。

複雑な感情がぐるぐると渦巻いていて、ただそれを吐き出したいという欲求が私の中を占めていた。

ただ先生は黙って耳を傾けている。


「先生の授業は楽しくてテスト対策も他の教科より頑張って、でも何考えてるか全然分からなかったから先生のことが怖くて。

それで、こんなことに、なって」


そこではっとした。すべて先生に吐き出してしまった。これでいいのだろうか。

いや、これ以上言ったら良くない———

急に理性がストッパーをかける。


「あの、何かもう、いいです、」


思わず小さい声になる。急に後悔の波が押し寄せてきた。

恥ずかしい。もしかしたら幻滅されたかもしれない。今までずっと優等生だと思われてきたのだから。

わたしが複雑な表情をして俯いていると、先生はぷっと吹き出して笑い出した。


「え、」

「ごめん。可愛くてつい」


それってどういうことだろう、と思案していると、先生は自らの隣の椅子を引いた。ここに座れということだろう。


「とりあえず、落ち着くまでここに居なさい」


わたしは言われるまま、机を回って先生の隣に腰掛けた。どういうことなのか分からないがまあいいか。

ちらりと横を向くと、先生の目はいつも以上に優しいようにおもえた。眼鏡をしていないからだろうか。

それでも、良かった。

ほっと胸を撫で下ろす。



「橘、泣かせてごめん」


「えっと、こちらこそ、すみませんでした」


「いや、」


すぐに沈黙してしまう。

お互いに少しだけばつが悪い。

それでも不思議と今までのような居心地の悪さは感じなかった。


わたしたちは閉館まで一緒にいた。



それから、帰り際先生にまた本を借りた。

今度はちゃんと読もうと思う。


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