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あいつは俺とそう年も離れているように見えない幼顔で、田んぼのあぜ道をふらふらと頼りない足取りで歩いていた。
こちらに来て初めて見かけた同世代。
走る足を止め、彼を見つめた。
風を切って走っていた身体を突然休ませたせいで、一気に身体中の毛穴から汗が噴き出した。
額から流れる汗を手の甲で拭いながら、俺は少し離れた彼に向かって躊躇うこともなく声をかけた。
「ねぇ! なにしてンの?」
彼は空へ向かって、自らの足元に向かって、何かを掴むように手を伸ばしてはぐっと握り締めていた。昆虫か何かを捕まえているのだろうか。
いっこうに返事がないので、俺は仕方なく坂を下り、彼と同じあぜ道に足を下ろした。柔らかな草の感触が、靴底を伝ってふわふわ感じ取ることが出来た。
二歩、三歩と彼に歩み寄りながら、俺はもう一度声をかける。
そこで彼がこちらを振り返ったのだ。そうして驚くこともなく、俺の顔を見てにこりと笑った。
服からはみ出た腕や足のあちらこちらに傷を負った、細過ぎる身体が風に揺れる。
「なにしてンの?」
問いつつも、俺の視線は彼の握られた手にあった。
「何か捕まえた?」
彼はまた、にこりと微笑んで手を広げて見せた。
そこには、何も入っていなかった。
「何が見える?」
彼が口を開いた。まだ変声期も迎えていない、幼く高い声。
「俺にはなんにも見えないや。見えないほどちっこいものなの?」
彼の手を取り、睨みつけるように手のひらに顔を近づけた。だが、やはり何も見えなかった。
彼は、弱い風に吹かれた草のように小さく笑った。
君も見えないんだねと、寂しそうに笑った。
「風の精霊を捕まえたんだよ」
そう、呟くように言って笑った。
「風……? うそだぁ! そんなもんいないよ! 俺には見えないもん!」
「自分で捕まえなきゃ見えないんだよ、きっと」
その言葉に、俺はなぜだか悔しい気持ちを抱いた。そうして、ムキになったのだ。
「じゃあ俺も捕まえる! どこにいるんだよ、その、風の……ゆうれい?」
「風の精霊だよ。信じる者にしか見えないんだ。風が吹くたびに、すぐ傍を通り過ぎていってるよ」
そこに、その言葉に応えるかのように、一陣の風が吹き通った。
ざわりと周りの山が唸り、田んぼの水がさざ波立ち、草花が舞い上がる。
俺はこの機を逃すかと言わんばかり、がむしゃらに空へと手を伸ばし、何度も風を掴んでは手ごたえのなさに落胆した。
「やっぱり嘘だろ! 全然そんなもん見えないし、捕まえられないじゃんか!」
過ぎ去った風に取り残された俺は、置いてけぼりを食らった番犬のように空を見上げた。
そうして、傍らに佇む彼に向かって吠えたのだ。
嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!
「信じてないからだよ」
そう呟くと、彼はあぜ道の傍を流れる用水路に向かって手を伸ばした。
しゃがみ込み、片手を地につけ、もう一方の手を水に向かって――
だが、水に触れる前に、また何かを捕まえたかのようにぐっと手のひらを握り締めた。
そうして立ち上がり、その握った手を俺の前に差し出して見せた。
「今度は、水の精霊を捕まえたよ」




