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一握りの距離  作者: コウ
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 夏台風も過ぎ去ったというのに、その日は朝から風が強かった。


 午後十二時十分。

 仕事の手をいったん止めると、俺は昼飯を買いに行くため席を立った。

 太陽が空高だかにとどまり、道行く人びとの汗を絞りだそうとする真夏日に限っては、三十路を過ぎた俺の身体は外へ出ることを断固拒否するのだが。

 今日みたいな曇り空で、比較的風も出ている日にはなるべく外へ出るようにしていた。

 一日中デスクワークの生産管理職。そんな俺にとってこの昼休みは、外界へと脱出の出来る貴重な時間だ。

 それにほら、今日は確か食堂のおばちゃんが手抜きをする日だったはず。カレーライスはいつ食べても美味しいけれど、午後からカレー臭漂わせて仕事をするのも気が引けた。


 最寄りのコンビニから出ると、目の前を走る幹線道路を渡った向かいの中央公園で、何やら人だかりが出来ているのが見て取れた。

 時おり歓声が沸く。拍手が聞こえる。賑やかな音楽に混じって、マイクを通した声が飛んできた。何かのイベントか大道芸人でもやってきているのかもしれない。

 ちょっとした息抜きに、今日はあそこの公園で昼食をとることにするか?

 もうひとりの自分が耳元でささやく。それでも、クーラーの効きすぎた社内を思い返すと、それはそれで魅力のひとつでもあった。風は吹いているが、夏には変わりない。俺のシャツには現在進行形で汗じみがじわじわ広がってきているのだ。

 迷っていた俺の気持ちを後押しするかのように、ほんのり涼しさをはらんだ風が優しく背を撫でていった。

 気がつけば、足は自然と公園へと向かっていた。


 数回しか訪れたことのなかったその公園には、広場に特設ステージが設置されていた。今はピエロがおどけながらバルーンアートを披露している。

 俺は人だかりからある程度離れたベンチに腰を下ろすと、ネクタイに指をかけ無造作に緩めた。瞬間、首輪を外した飼い犬のように妙な開放感を味わった。

 生ぬるいが悪くない一陣の風に、汗ばんだ身体が冷やされていく。

 人だかりを遠巻きに眺めながら、コンビニで購入した弁当をさっさと食べ終えると、俺はベンチの背に身を預けるようにして空を仰いだ。

 黒く厚い雲の一塊が、上空で泳ぐように流れていく。風が強いのだろう。

 あの風は、どこから生まれ、どこからやってきたんだろうか。

 あの風にも感情や思考があり、自らの意思をもって空を駆けていくんだろうか。

 そんなことを考えている自分に気づき、ふと、小さく笑った。

 たまに摩訶不思議なことを考えるようになったのも、こうして一人ぼんやり空を眺めるようになったのも。

 全て、「あいつ」のせいだと俺はわかっていたから。



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