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「お前なぁ……」


夜中にカラスに突かれるなんて、想像するだけで猛烈にいやだ。


「去年同室だったヤツはそれに耐えられずわずか2週間で転校して行った。俺はいい、夜中に騒いでいても昼間かっくり寝られるからな。学校にも診断書を出してあるし、授業中いくら居眠りしたって誰にも咎められない。でもジョージ、お前は違うぞ」


「おい……」


「昼間眠ることさえ許されない。人間が終始眠らせてもらえないとどうなるかお前知ってるか?第二次世界大戦中の人体実験で実証済みなんだ。人は何日も寝させてもらえないと発狂するか、まったく眠れなくなるか――死ぬ」


俺の喉がゴクリとなった。


まったくなんてヤツだ!


「分かったよ!いいよ、お前の目覚ましになってやる。どうなっても知らねえからなっ……!」


「たいして難しくないぞ。俺がかっくり寝いったら30分以内に起こせ。そしたらスッキリ目覚めてご機嫌だ。睡眠のペースも乱れないから夜も大人しくネンネしてやる。けっして2時間も3時間も寝かせたままにするな」


「寝入って30分したらリーンだな。オッケー、簡単だ」


それぐらいならなんとかなる。


だが、佐伯はまだ難しい顔をしていた。


「実はまだある」


「まだあんのかよ!」


佐伯が柄にもなく照れてうつむいた。


「なんだよ、言えよ!」


「あのな、俺がもし寝入り際にうなされてたら…」


「うなされてたら?」


「力いっぱい抱きしめてくれ!」


「おい、正気かよ!」


俺は頭を抱えた。


「寝かけにものすごくリアルな悪夢を見るのもナルコレプシーの特徴なんだ。俺は金縛り状態のまま現実か夢か分からない恐怖の世界を彷徨うんだ。でも外の人間の手で起こされれば、すぐに戻ってこられる。だから――」


冗談か本気か分からない。


いや、冗談であってほしい。


「ルームメイトがいなかったから俺は今日までずっと1人で苦しんできた。でも今日からはお前がいる――頼むよ、ジョージ」


佐伯が紫色の指先で噴水の水をもてあそぶと、透きとおった水流に映った影が粉々に砕けた。


その目は、朝の歌声と同じぐらい、まっすぐに俺をとらえていた。


「それで俺は、この世界に戻ってこられるんだ――」


今ならまだ、こんな面倒な奴と同室はごめんだと訴えて――部屋を変えてもらえる可能性もあった。


だけど――。


「分かったよ…今日から俺が助けてやっから――」


自分でも驚くことに俺はそう言ったのだ。


あの純粋な歌声が、いまだ俺の心をとらえていたからかもしれない。



「そうか、よかった。イイ奴だな、ジョージは――」


俺を見つめて、佐伯はケロリと笑った。


「だけど別にな」


「ん?」


「別に抱きしめて起こさなくてもいいんだ。揺すって起こしても効果は同じだからな」


このバカ――。


「お前、ふざけんなよっ!」


俺は噴水の水面を力いっぱい打ちつけた。


水しぶきがあたり一面に飛び散り、佐伯はびしょぬれになる。


「ひどいな!可愛い冗談なのに」


突然の奇襲攻撃に、さすがのバカプリンスもたじろいた。


「毎回水ぶっかけて起こしてやるから覚えとけよ!」


気のおさまらない俺は、犬のように身を震わせる佐伯を再度水攻めにした。


「分かった!分かったからもうやめろっ…!」


通りがかりの生徒たちが、びしょぬれの俺たちに驚愕の視線を向けていた。


「逃がすかっ!」


俺の剣幕に、佐伯は一瞬だけピエロの素顔を見せ、子供みたいにきょとんとした。


そして――。


「気に入ったぞジョージ!お前はイイ奴な上に面白いな!」


気持ちよく大笑いしたかと思ったら――。


「さ、佐伯!?」


例のカタプレキシーとかいう脱力発作に襲われ、濡れたモップみたいにその場に

ぐしゃりと潰れた。




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