④
「なんでじゃねーよ。お前と一緒じゃなきゃ部屋に入れないって言われて、待ってたんだよ」
ステンドグラスから差し込む逆光で、佐伯の表情はよく見えない。
「俺が起きるのを待ってたって?!」
影になったクルクルパーマが、エラそうに声を上げた。
「バッカだな!そんなこと2度とするな」
「はあ?俺だって好きでお前なんか待ってねーよ!」
「そういう意味じゃない。俺は寝るときは急に寝るし、1度寝たら延々起きないこともある。
だから用がある時は必ず起こせ!」
威張りくさって席を立ち、当然のように俺を置きざりにして出口へ向かってゆく。
「なんだよ、ちょっと待てよ!」
肩すかしを食わされ、腑に落ちないまま俺は佐伯のケツを追っかけた。
「いい機会だ。ジョージ、お前には言っておく」
しかし、外へ出るなり佐伯は真顔で俺の方に向き直った。
「な、なんだよ…」
間近で見上げたヤツの顔は白人のように青白く、グレーがかった瞳は哲学者のように尖っていた。
「俺はナルコレプシーなんだ」
「なに?」
形のいい頬骨が、複雑な言語を発して歪んだ。
「そんなもん知らないって顔だな」
お察しのとおり聞いたこともない。
「それ何だ?」
「病名だ」
「病名――?」
真っ先に脳の病気じゃないかと疑ったが、さすがにうかつなことも言えないので俺は黙っていた。
佐伯に促され、俺たちは並んで歩きだす。
通りすがりのリボンタイたちが、歌舞伎者のような俺たち2人を物珍しそうにのぞきこんでゆく。
「日本では『居眠り病』とゆうダサい名前がついている」
明らかになった病名を聞いて、俺は思わず吹き出した。
佐伯が機嫌悪そうに俺を睨みつける。
「悪い…。それはその、ひどいのか?」
「ひどいさ」
「どんな症状だ?」
噴水の前まで来ると、どちらともなくその淵に腰掛けた。
「日中急に強烈な睡魔に襲われるんだ。その眠気は普通の人間が丸2日間眠らなかった時に比例するほどだと言われている。自分の意思じゃどうにもならない、まさに睡魔だ――」
「それで、さっきも…」
朝見た佐伯の異常な眠り方を思い出し、俺は納得した。
「それだけじゃない。カタプレキシー、情動脱力発作が起こる」
「分かんねえ、もっと簡単に言えよ」
「つまり喜怒哀楽の感情が昂ぶると筋肉の脱力が起こるんだ。さっきのは歌に感情移入しすぎた末に起こった脱力発作と急激な睡魔が同時に襲ってきた恐ろしいケースだ」
なるほど、言葉通りの怖い症状だった。
「他には?」
「あとは夜だな。金縛りによく似た症状が出て悪夢のような幻覚を見たりする。たまに幽体離脱のような浮遊感。それから眠っているのに起きている時と同じ行為を続ける自動症の症状もある」
「自動症…?」
「ああ。例えば授業中にノートをとっているとするだろ?途中で眠りに落ちても気づかずその行為だけが継続するわけだ。あとでノートを見るとぞっとするぞ」
「そこまでいくと、心霊現象だな」
佐伯があまりにも淡々と話すので、俺は笑った。
「ああ、自動書記だ。いや、笑い事じゃないぞ」
佐伯も尖った目を一旦細めたが、思い直したように言った。
「そんなわけだから、お前には今日から俺の目覚まし時計になってもらう」
「はあっ!?どんな理由だよ!やらねーし!」
きっぱり断る俺に、佐伯は頑として首を横に振った。
「そうしなきゃもっと面倒なことになるぞ」
「どういう意味だよ?」
「それはそれは恐ろしい事態がお前の身に降りかかるだろう」
冗談じゃない。薄い唇を吊り上げ、佐伯は悪魔のように笑う。
「俺は寝たり起きたりするタイミングがずれると夜中にまったく眠れなくなるんだ。結果、同室になったお前もまったく眠れないことになる」
「なんだと?」
「不眠が続くと俺はパニック障害を併発するからな。本気で毎晩騒ぐぞ。夜中にカラスみたいに、食ったりわめいたり突いたりする」