②
「すっげー」
俺の目に飛び込んできたのは、宝石を散りばめたようなステンドグラス。
それは高い円形の天井に沿ってチャペル全体を彩る。
まるで天界まで続いてゆく光の階段のようだった。
時代物のパイプオルガンが高貴な音色を奏でる隣には、両手を広げ俺を迎え入れる一際白く巨大なマリア像が鎮座していた。
「結城くん、こっちへ」
だがここで俺を待ちうけていたのは――。
「え、と…」
それだけではなかった。
そろいもそろって首にリボンタイを巻きつけた何百人もの坊ちゃん連中が――。
俺がチャペルに足を踏み入れるや否や、前方から順にまるでウエーブするように振り返った。
圧巻だ――。
「ついて来なさい」
教頭はとんだ街のチンピラを従え、バツが悪そうにそんな坊ちゃん連中のど真ん中を進んでいく。
「あ、はい…」
俺は緊張した花嫁よろしく、促されるままバージンロードを歩き出した。
幼い頃から、人目を浴びるのには慣れっこだったはずなのに――珍しく手の平に汗をかいていた。
俺の両脇を固めるリボンタイたち――。
こいつらは明らかに、今まで俺が見てきた世界の、どんな種類の人間にも当てはまらない連中だった。
顔つきや身のこなしをみれば分かる。
柔和な笑顔。
宮廷で飛び交うような失笑。
流れる毛並み。
隅々まで手入れの行き届いた、温室育ちの花たち――。
そんな折り紙つきのサラブレッドたちが、破れた鞍つけて迷い込んできた暴れ馬を物珍しそうに見つめている。
今まで浴びたことのない類の視線に絡めとられ、俺の頭は真っ白になった。
光る目に宿るのはただの好奇心か?
悪意、反感、それとも同情――?
ある者は自分のプライドのために無関心を装い。
またある者はキリスト教精神に反する愛情をもって、俺の貧相な衣服を1枚、1枚剥いでゆく。
手のひらだけじゃない――全身がしっとりと汗ばんできた頃。
「君はここに――」
どうにか最前列まで辿りつくことができた。
教頭は1つだけぽっこりと空いた席に、珍客を滑り込ませる。
劇場なら特等席だ。
だがここでは――。
「!?」
隣に死体が転がっている…特別席らしい。
「佐伯くん!起きなさい、佐伯くん!」
教頭はみなが直立不動で立っている中、大胆にも死体と見まがうほど深い眠りに落ちている佐伯という男を揺さぶった。
「あ…う…」
揺り起こされた男は――。
汚れた暴れ馬も驚くほど奇妙な身なりをしていた。
純白の中にあってただひとつの汚点。
完璧なレールに生じたたったひとつの歪み。
佐伯は言葉で表現するとすれば――ファンキーなルイ14世のようだった。
「おお、眠い……」
目を覚ましたとたんに強烈なターンでもかますんじゃないかと身構えたが。
佐伯はカラコンの入ったマネキンのような目をうっすら開いて伸びをしただけだった。
周りの生徒たちの迷惑も顧みず、長い手足をいっぱいに伸ばして眠い眠いと繰り返す。
「しっかりしなさい、みっともない……」
教頭はあらわになった佐伯の胸元にシャツをかき寄せ、襟元から滑り落ちたリボンタイを結んでやっている。
「佐伯くん、昨日言っておいたでしょう?彼が今日から君の兄弟になる結城くんです」
「きょ、兄弟?!」
俺は教頭の言葉に飛びあがった。
こんな寝惚けプリンスと血のつながりができた覚えなんかない。
佐伯は俺の心の声を察してか、細い眉をひそめた。
「安心しろ。ただのキリスト教的表現だ。体を交えて結ばれたりする意味じゃない」
「は……?」
焦点の定まらない危険な目つきのまま、佐伯は薄い唇にいやらしい微笑を浮かべる。
「なな、なんてことをっ!か、神様の前ですよ!」
教頭が真っ赤になって声を荒げると、サラブレッドたちから失笑がもれた。
「やだなぁ、勘違いしたらいけないからですよ。ごめんあさーせ、マリア様」
この男、正気なのか――?
紫色のマニキュアを塗った奇怪な指先を口元にあて、佐伯はマリア様に投げキッスした。
「とにかく、きちんと結城くんの面倒を見てあげなさい。頼みましたよ」
教頭は一刻も早くこの場を立ち去りたかったのだろう。
「あ、ちょっと教頭っ…!」
俺を捧げもんのように変人にさしだすと、とっとと教員席の方へ戻って行ってしまった。
そうして、夜の渋谷にたむろしてそうな俺と、新宿2丁目を彷徨っていそうな佐伯が神の御前に取り残された。
「ようこそ、聖マリオン学院へ。君の名前は知ってるぞ、昨日小杉原から聞いてるからな。よろしく、結城丈児くん!」
自信満々に俺にそう呼びかけ、ヨーロッパ人みたいなクルクルパーマの頭を下げる。
「――お前、アホだろ?」
俺はもうまわりも目に入らなくなって、その場でエセプリンスをなじった。
「なんだと?言っとくがこれは天パーじゃないぞ!」
「知らねーし。てかそんなこと言ってねーし」
「じゃあどこがアホだ?言えよ、たけこ!」
どうやら髪型がアホなことだけは自覚しているらしい。
「たけこじゃねーよ!俺の名前はジョージって読むんだ。ゆうき、じょうじ!」
あたりが一斉にざわめいた。
結城丈児、俺の名前のせいだ――。