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「悪いが契約更新はできない。今住んでるところも今月いっぱいで出てってもらう」


そして今日。


俺は親代わりのおっさんにも、あっさり投げ捨てられたってわけだ。


「――分かったよ。もう頼まねえ」


俺はipodを拾い上げ、ジーンズのポケットにしまった。


行くあてもないし、頼れる人もいない。


でもなけなしのプライドを保つためには、俺は格好つけて背を向けるしかなかった。


もうこれ以上――使い物にならない化石のような自分を晒されるのは耐えられなかった。


「どこ行く気だ?」


おっさんが眉をしかめて聞いた。


「もう関係ないだろ?」


再びイヤホンを耳に突っ込むと、俺はドアノブに手をかけた。


決して――振り返るまい。


心に誓い一歩踏み出した矢先――。


「――待て!」


おっさんの声に合わせるように、なにかが

後頭部に激突した。


「――っ痛てぇ!」


衝撃でまたしてもイヤホンが耳から抜け落ちる。


俺の足元には、東南アジアの土産物らしいマヌケ面した木彫りの面が転がっていた。


「なんだよ、コラ!恨みでもあんのかよ!」


俺はたてたばかりの誓いを破り、すごい剣幕でおっさんを振りかえった。


ただでさえ傷ついてんのに、ふざけた顔したお面なんかぶつけやがって。


あまりにもな仕打ちだ。



「いつも言ってんだろ、人の話は最後まで聞けって!」


おっさんは悪びれもせず怒鳴ると、ドカッとチェアーに座りなおした。


「言ったろ?俺はおまえが可愛いって」


「頭にこんなもんぶつけといてよく言うぜ!」


俺は舞い戻り、腹立ち紛れに木彫りの面を放り投げた。


ゴロンゴロン音を立てながら。


そいつは俺を嘲笑うかのように机の上を転がった。


「ジョージ、今の学校もやめてもらうぞ」


わざわざ呼びとめて、そんなことか。


「分かってるよ!そんなにたたみかけなくてもいいだろ。事務所もクビ、学校もクビ、

住むとこもない。あとは?今まで俺にかかった養育費の請求でもするか?」


「バカ言いやがって。もっとも今のお前じゃ一銭たりとも払えんだろーが」


「なめんな、おっさん!業界がここだけだと思うなよ?芸能界で生きていけなくったって、

金ぐらい稼げるさ」


俺の精一杯の強がりを、おっさんはふんぞり返ったまま鼻で笑った。


「ま、出張ホストにでもなって、有閑マダムのペットにでもしてもらえりゃいい方だろうな」


「なんだと……!」


はらわたが煮えくりかえるとはこの事。


しかし本気で腹が立つのは――図星をつかれているからに他ならない。


「――お前さっき、なんでもやるって言ったな?」


おっさんはそんな俺に追い打ちをかけるように言った。


「なら、なんだよ?」


すごむ俺の鼻先にデスクの下から取り出した分厚い封書を突きつける。


10年ぶりに見た黄ばんだ契約書とは真逆の、雪のように真っ白な封筒。


「お前、来月からここに行け――」




俺はお面を押し退けて、ずしりと重い封筒を手にとった。


真っ白な封筒には繊細な百合の押印があった。


「聖マリオン学院…?」


その百合の押印を雑に破くと、中から予想外の物が現れた。


俺が手にしたのは、高校の音楽科のパンフレットと――。


俺の名前が刻印された立派な入学許可証だった。


「なんだよ…これ?」


「お前の言った通り、お前の才能を生かしきれなかったのは俺の責任だ。

お前にはミュージカルスターとしての才能も資質もあった。本当はもっと

早くにきちんとした教育を受けさせて一人前にしてやるべきだったんだ」


「おっさん…」


「ジョージ、俺はお前に間違った愛情のかけかたをした。甘やかすだけ甘やかして、

ほったらかしにして……あげく育ったお前はこのざまだ」


「いや、でもっ……」


パンフレットをめくると、ゴシック様式の立派な校舎と、イギリス貴族みたいにお上品な生徒たちの写真が目に飛び込んできた。


「この俺が、ここに……?」


「そうだ、音楽科にミュージカル専攻がある。もう編入手続きしといたからな」


「いやどう見ても、ここはムリだろ…?」


住む世界が違う。


写真を見ただけでも分かる。


ここはクラッシック好きのパパやママに英才教育を施されたお坊ちゃん連中が通うところだ。



「場所は都内郊外だが学校は全寮制だ。しばらく会えんが、基礎からみっちり学んで帰って来い」


いいか――おっさんは言う。


「これが、俺がお前に与えてやれる最後のチャンスだ――」


最後のチャンスが……ここ。


「くれぐれも問題は起こすなよ。無理言って編入させてもらったんだ。学費だって、

俺のポケットマネーから出すんだからな!」


「いやいや、ちょっと待ってよ」


急な話の展開に、とてもじゃないけどついていけない。


「おいおい、柄にもなくビビんなよジョージ!実力つけて戻ってきた暁には

晴れて再契約だ!そん時は誰にも文句は言わせねえよ」


でも――。


「でも俺、どの面下げてこんなとこにっ……」


「その面だよ。どんな面だって、お前にはここしか行くとこはないんだ」


潮田のおっさんは嫌味な笑顔で――。


「なんなら、持ってくか?」


さっきの木彫りのお面を被って見せた。


「いらねーよ!」


いくら場違いな場所でも。


いくら駄々をこねても。


俺には選択権も、選択肢もない。


行くところは――ここしかないのだ。




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